多分、夢、なんだと思う。だって今の俺の周りには非現実な物しかないから。真っ赤な建物、青色の雲、白い空。そんな可笑しな光景を俺は何かを考えるわけでもなく、ただ呆然と見ていた。

「春樹さん」

俺の名前を呼んだのは、俺がよく知っている人物で、俺が一番好きな人。振り返ればこの世界とは反比例して何も変わらない愛しい恋人がいた。

「…光」

いつもの制服に袖を通して、いつもの五色ピアス、いつもの気だるそうな瞳。この可笑しな世界の中で光の周りだけが酷く違和感に包まれていた。俺の足は光に向かう。

「ほんまに、光?」
「他に誰がおるんすか」

いつもの軽口、いつものやりとり。あぁ、いつもの光か。安心して俺は光を腕の中に納めた。いつもの光の体、いつもの光や。そうや、何も変わらへん。

「え…?」

パァン、と破裂したような音が響いたのが聞こえた一秒後、腕の中にあったはずの光の体が力を失ってずるりと地面に崩れ落ちた。緑色の地面にに広がる真っ赤な血液。

「っ、光!?」

何処から撃った?誰が撃った?なんて疑問は頭の中から消えていた。俺は地面に横たわる光の名前を呼び続ける。その間にも光の血は流れ続けている。

「っ…春樹、さん」

光の瞳が俺を捉えて、直ぐに閉じた。俺が何度も名前を呼んでも倒れた光はピクリとも動かない。ぐったりとした体、段々と冷たくなる指先、胸の風穴から流れ続ける真っ赤な血液。

緑色の地面、白い空、赤い建物、青色の雲。周りの光景は現実味が全くないのに光だけは現実そのもので。光が死んだ事は夢なんかではないと今の景色が俺に囁いてた。



「光!!」

瞼を勢いよく開けば真っ暗な天井で、あぁやっぱり夢だったのか、なんて考えも今は何処かに吹き飛んでいた。急いで体を起こすと、隣で眠っている光の肩を名前を呼びながらも強く揺さぶる。

「光!光!起きろって!」
「んっ…うっさいすわ…何…?」

整った光の寝顔の眉間に皺が寄ると、本人は瞼を開いて鬱陶しそうに俺を見る。たったそれだけの事なのに、光が目を開けただけの事なのに、俺は心底安堵して光を強く抱き締めた。

「ちょっ…ほんまに何ですか」

寝起きの光が俺に悪態を吐いたけどそんなんどうでもよかった。俺の腕の中に今いる光は温かい。ちゃんと呼吸もしている。生きている。夢の中の光のように死んでなんかない。よかった。ほんまによかった。

「…っひか、る」
「え、なに、泣いて――…」

ぼたぼたと俺の目から涙が溢れ落ちるけれど、そんなのは全く気にならない。光が何処にも行ってしまわないように抱き締めている腕に強く力を込めた。

「…何か、あったんすか」

事情を知らずに俺の背中を優しく撫でてくれていた光が俺に小さく言葉を紡いだ。鼻を一度啜(すす)ると光の首筋に顔を埋めて先程の夢の内容をぽつりぽつりと呟いた。

「あんな…光が…死ぬ夢…見た」

それを呟いただけなのに先程の夢の光景がリアルに頭の中に浮かんで怖くなった。違和感に包まれた世界で何一つ現実と変わりなかった光の姿。

「っ…、ごっついリアルで…怖かった…」

あの抱き締めた時に感じた体温も、腕に納めた時に感じた体の小ささも、生意気な声色も、何もかも一緒だった。この光は本物じゃないのか、と夢と解っていても疑ってしまう程に。

「春樹さんのドアホ」

ばちん、と勢いよく光に背中を叩かれた。当たり前の事だけど、痛い。唐突に暴言を吐かれて背中を叩かれた俺は半ば反射条件のように光の顔を覗き込んだ。

「ふご…!」

光の顔を覗き込んだ直後に、光の胸板に顔を押し付けられた。自分でも情けない声が口から溢れたが気にしない事にしよう。

「ちゃんと聞こえるでしょ」

耳を澄ませば一定の間隔で光の心音が俺の鼓膜に届いた。それは光が生きている証拠で、夢の中の光と今いる光とが違うという証でもあった。

「せやから、勝手に殺さんといて下さい」
「うん…せやな…ごめんな」

ぎゅっと光を抱き締めて光の体温と鼓動を感じる。あったかくて、妙に安心出来て、やっぱり愛しい。もう少しだけ光を感じたくて光の唇に自分のを重ね合わせた。



君が死ぬ夢を見た
(君の胸から聴こえる一定の心音は)
(君がこの瞬間を生きている証拠で)
(たったそれだけの微かな音なのに)
(心の底から安堵したのは確かだ)