空が青いという不都合 | ナノ








「お前さァ、まだそんな事言ってるわけ?」
「そんな事とは何だ!俺にとっては重要な事なの!」

銀時の心底呆れた様な言葉に反論をしつつも、俺の関心は志村さんに彼氏がいるのかどうかという事だった。俺が目の前の眼鏡少年に迫ると彼は焦った様に首を横に振った。

「いやいやいや、姉上に限ってそんなのいませんって」
「やめとけ玄、あんなゴリラみたいなおんぶふぉ!」

銀時が最後の言葉を俺に告げるよりも先に、彼の身体が大きな弧を描いて吹っ飛んだ。そしてその勢いのまま、銀時の身体は大きな音をたてて襖に突っ込む。

「駄目ですよ銀さん、女性にゴリラなんて言っちゃあ」
「志村さん!」

大きく振りかぶって銀時を殴り飛ばしたであろう志村さんがそこにはいた。顔は笑っているように見えるが彼女の背後に何か黒いモノが見えるのは俺の気のせいだと信じたい。

「姉御ォ、銀ちゃん白目向いてるアル」

ぴくりとも動かなくなった銀時の頬を神楽が指でつつく。どうやら銀時は身体だけではなく意識まで志村さんに飛ばされてしまったらしい。

「あ、姉上、一体何時の間に…」
「あら、新ちゃん。いくら呼んでも返事がなかったから勝手に入っちゃったのよ」

ごめんなさいね、と志村さんが新八に可憐に微笑む。今の会話でこのふたりが姉弟だという事は確定した。言われてみれば目元が似ているような気がしない事もない。相変わらず銀時は伸びたままである。

「志村さん志村さん、」
「はい?」
「俺と家族になって下さい!」

その瞬間、俺には周りにいた人達の時間が止まったように見えた。勿論志村さんも例外ではなく。しんとした空気が万事屋を支配した。

「……えっと…久坂さん…?」
「何でしょうか志村さん!」
「…ほ、本気ですか?」
「はい勿論!俺の家族になってくれるんなら誰でも構いませんから!」

にこにこと上機嫌で発した俺の言葉に、今度は万事屋が冷たい空気に支配される事になった。先程とは違って志村さんの笑顔が凍てついている。

「えーっと…し、志村さん?」
「…失せろコラァァァ!」

がしっ、と志村さんが手際よく俺の襟を掴む。俺が驚きの言葉を発するよりも先に、志村さんは俺を銀時の方に向けて投げ飛ばした。それはもう、素晴らしいくらい綺麗な背負い投げで。投げ飛ばされるまでの間、俺は反転する地面をぼんやりと眺めていた。

「ぐえっ!」

俺の着地地点であろう場所に先に伸びていた銀時が、俺の下敷きになって押し潰されたカエルみたいな声をあげた。どうしていつも俺の家族が欲しいという願いは叶わないのだろうか。そんな事を考えていると、次第に俺の意識は真っ暗な闇に沈んでいった。




玄、家族というのは素晴らしいのですよ

視界は真っ暗だが、確かに松陽先生の声が聞こえる。何度も見たこの夢に、何度この時に戻りたいと願った事だろうか。松陽先生の声は尚も響く。

玄にもいつか解りますよ

視界は真っ暗だが、俺の記憶では確かにこの時の松陽先生は微笑んでいたはずなのだ。その笑みが酷く穏やかで、当時の俺は特に何かを考えるわけでもなく自然と先生の着物の裾に手を伸ばした。既に先生の声は聞こえなくなっていた。




「……せ、…んせ」

無意識的に天井に伸ばされた俺の手は何も掴めなかった。未だにぼんやりとした脳内で現在状況を整理しようするが、如何せん上手く頭が働いてくれない。先程の夢の中で聞こえた先生の声が頭の中で何度も反響する。

「…起きたか」

襖が控えめに開いたと思ったら、その隙間から銀時が顔を覗かせた。瞼を開いている俺を見た銀時はそう言葉を呟いて未だに布団に横になったままの俺へと歩み寄る。

「玄?」

普段と俺の様子が違う事に気づいたらしい銀時が不思議そうに俺の名前を呼んだ。彼の声に反応して視線を動かせば銀髪が視界に入る。あの頃から大きく成長した銀時と俺の視線が交わった。

「夢を…みた、」

喉の奥から絞り出すようにして発した自分の声は酷く震えていた気がする。銀時が何も追求してこない辺りから、どうやら俺が見た夢の内容を察知したらしい。銀時が俺の額に向かって手を伸ばして、そっとそこに触れた。

「まだ昼前だ、好きなだけ寝とけ」
「…ん」

玄が眠るまで此処にいてやるから、という銀時の声は酷く優しかった。ごめんね、心配かけて。次に起きたときは普段通りの俺だから、今だけは許してね。眠気に負けて上手く動かない口を動かしてそう伝えれば、返事の代わりに彼が俺の頭を数回撫でた。




それだけならただの悲劇だった
(あの時間に戻りたい)