空が青いという不都合 | ナノ








とりあえず志村さんは帰した。何故かって?危ないからだよ。いや、彼女自身に危害が被っちゃいけないからね。そして現在の俺は死亡フラグが回収されそうです。知人の家のインターホンを鳴らすのがこんなに勇気の要る事だとは思わなかったし、知らなかった。

「…さ、坂田さーん」

ピンポーン、と現在の俺の心境とは似ても似つかない様な暢気な呼び出し音が響く。今すぐに逃げ出してしまいたい衝動に駈られる。

「はーい、どちら様ですか?」

出て来たのは眼鏡の少年だった。てっきり銀時が出て来ると思っていた俺は、随分と拍子抜けしたような表情をしていたらしい。少年が戸惑ったような瞳で俺を見つめていた。

「…あ、俺、銀時の知り合いで、久坂玄って者なんですけど」
「貴方があの久坂「てンめー何してくれとんじゃァァァァァ!!」

少年の声を遮って銀時の声が聞こえたと認識したと同時に、俺の身体は彼のドロップキックによって吹っ飛んでいた。危うく手摺を越えて落ちてしまいそうであったが、なんとか踏ん張る。

「ちょっ、銀時痛い痛い痛い!!ごめんってば!」
「五月蝿ェよ!テメェの所為で要らぬ誤解を受けたじゃねーか!てか何だよあの金額!」

目の前で繰り広げられる俺と銀時のやり取りに眼鏡少年は唖然としている。眼鏡少年に俺と銀時の関係を説明してやりたくても、現在のこの状況ではそれすら叶わない。

「俺だって覚えてないんだよ!ぎゃああ、ギブギブ!本気で落ちちゃう!」
「覚えてないだァ!?高級遊郭で遊女と乳繰り合ってた野郎が何抜かしてやがんだ!てか何時戻って来たんだよ!」
「だって酔ってたんだもん!てか一昨日こっちに戻って来たけど金ねェの!……だから泊めて?」

ぱちん、と片目を瞑って可愛らしくウィンクをして頼んでみたが、一方の銀時の表情が固まっていた。

「痛い!!」

ごん、と銀時の右手が微塵の躊躇もなく俺の頭へと降り下ろされた。




「いやあ、お騒がせしました」
「い、いえ…」

俺の言葉に眼鏡少年が控えめに言葉を返す。頭に大きなたんこぶ一つ得た俺は万事屋で朝食を御馳走になっていた。久しぶりの飯にありつく事が出来て現在の俺は上機嫌である。

「…誰アルか、こいつ」
「お、可愛らしい中華少女じゃないか」

銀時もやるねぇ、と隣に座っていた彼を肘で小突けば「馬鹿言ってんじゃねェよ」という言葉と共に痛みが倍になって俺の頭へと帰って来た。中華少女は今まで眠っていたらしく、寝惚けた半目で俺をじとりと見ている。

「俺は久坂玄。お嬢ちゃんの名前は?」

人付き合いは第一印象が大事と言うので紳士の様に振る舞ってみる。紳士が俺なんて言葉を使うのかという疑問は気にしたら敗けだと思っている。

「…神楽、こっちは定春ネ」

お嬢ちゃん、もとい神楽が部屋の隅で丸まって眠っているらしい真っ白な大型犬に視線を向けた。定春という名の犬は大型犬とは程遠い風貌をしていた。例えるなら超大型犬という言葉が一番相応しいのかもしれない。

「……何食ったらあんなに大きくなっちゃうわけ?」

俺の口から疑問がそのまま出た。それに銀時が「生まれつきだ」と答えてくれたが、どうにも信じ難い。犬とは不思議な生き物である。

「で、眼鏡少年の名前は?」
「めがっ……僕は志村新八です、よろしくお願いします久坂さん」

眼鏡少年の言葉を聞いた途端、俺は跳ね起きた様に少年の肩を掴んだ。何故ならその名に聞き覚えがあったから。歌舞伎町に来て初めて俺に優しくしてくれた女性と同じ名字だったのだ。

「志村!?志村ってあの志村さん!?」
「どの志村さんだよ」

銀時が呆れた様に言葉を吐き出すが、今の俺の耳には入って来なかった。そういえば志村さんは弟がいると言っていたっけ。先程まで忘れていた会話の内容を必死に思い出す。

「志村さんって言ったら志村さんだよ!志村妙さん!」
「姉上を知ってるんですか?」

呆気に取られた様に眼鏡少年が呟いた。その言葉に俺は大きく頷く。知ってるも何も俺を助けてくれた人なのだ。

「なあ眼鏡少年!志村さんって彼氏いるの!?」
「……はい?」

眼鏡少年は突然の事に驚いているし、神楽は相変わらず半目で眠たそうだし、銀時は「…またか」と呆れていたが、そんな事は俺には気にならなかった。今の俺には志村さんに彼氏がいるのかという事だけが気がかりだった。




朝が来るまで眠らない
(本当の目的を果たすまで終われない)