志村新八はそれを手に取った。郵便受けに入っていたそれは、他のどの手紙よりも目を引いた。宛先には真っ黒な墨で「坂田銀時様」と書かれている。封筒の表には住所とそれだけが書かれており、軽い気持ちでそれを裏返して新八は硬直した。
「…はァァァァアア!!?」
静かな歌舞伎町の朝に、新八の驚愕に満ちた叫び声が響き渡った。
どたどたと万事屋に新八の足音が響く。朝から騒がしい奴だ、と坂田銀時は少しだけ大げさに溜め息を吐き出した。目の前では神楽が炊飯器ごと白米を口の中に押し込んでいる。そして彼は自分の茶碗の中に先程まで入っていたはずの飯が消えている事に気づいた。
「おいコラ神楽!テメー俺の「アンタ昨日何処行ってたんだァァァァ!!」
廊下を走って来た勢いのまま、新八は銀時に向かって華麗なドロップキックを炸裂させた。その反動で銀時の身体は腰かけていたソファーから大きく吹っ飛ぶ。銀髪の男を蹴り飛ばした少年の手には、先程彼が手にしていた封筒が握られていた。
「テメー俺に何してくれんだァァ!」 「テメェこそナニしてたんだァァァァ!!」
何をしていたか、なんて問われても銀時には意味が解らなかった。未だに頭の上にクエスチョンマークを浮かべている銀時の眼前に、新八は手にしていた封筒を突き付けた。
「…何コレ」 「請求書ですよ、しかも高級遊郭の!」
封筒を裏返して裏面に書かれている送り主の住所と名前を新八は銀時に見せる。其処には確かに吉原の高級遊郭の店名と、中の手紙には膨大な金額の書かれた請求書が三つ折りにされて入っていた。未だに神楽は口の中に詰めていたご飯を半目で噛み締めている。
「……何コレ」 「だから請求徐つってんでしょうがァァ!あんたって人は!ただでさえ家賃が支払えてないのに遊郭なんて何考えてるんですか!しかも高級遊郭で名高い所なんて!」 「……いや、だから、身に覚えがねェんだけど」
は?、と新八がフリーズした。じゃあ何でアンタに請求書なんて届くんだと少年が聞いてみても男は益々意味が解らないというような表情をするだけだった。銀時から手元の請求書へと新八は目線を落とす。
「……久坂玄の保証人の坂田銀時様へ…って、久坂玄?誰ですか、この人…ちょっ、銀さん!?」
その名前を耳にして、坂田銀時は勢い良く新八の手から請求書を引ったくった。そしてその人物の名前を視界に写して、脱力した。其処には確かに自分の知人の名前があったのだから。
「……あンの、糞たらしがァァァァ!!」
今度は、坂田銀時の怒鳴り声が歌舞伎町に響く事となった。
「……こ、此処が…歌舞伎町、」
ふらふらとした足取りで俺は銀時のいるらしい江戸の歌舞伎町へと辿り着いていた。満足な金もない上に、知り合いもいない、そして目的地の場所さえも解らない。そんな絶望的ともいえる状況で、俺は吉原から歌舞伎町へと奇跡的に辿り着いたのだ。
「す、すびばせん、この住所の場所にはどうやって行っだら良いんでじょうか」 「?…あら、その住所は万事屋ね。銀さんの知り合い?」
空腹、睡眠不足、何日も風呂に入っていない。そんな不衛生且つ不健康な状態であった俺が道を尋ねた女性は驚く程に優しかった。尋ねられた質問に涙目で頷くと、女性は可笑しそうに笑みを溢した。彼女の名前は志村妙と言うらしい。
「本当にすみません…道案内までしてもらっちゃって」
良いのよ、と志村さんは可憐に笑った。「弟が其処で働いているので、もし良かったら案内しますよ」という志村さんの言葉に甘えた俺は、志村さんの手荷物を右手に抱えている。
「すみません。荷物、持って頂いて…」 「いえいえ。案内してもらうんですから、これくらい何ともないですよ」
それに女性には優しくしませんとね、と微笑むと志村さんの頬に軽く赤色が注した。俺よりも幾分か年下であろう志村さんは小柄で可愛らしい。志村さんみたいな女性には素敵な彼氏がいるんだろうなあ、なんて頭の片隅で考えた。
「あ、此処です」
足を止めた志村さんがとある二階建ての一軒屋を見上げていた。一階は飲み屋の様だが、二階には「万事屋銀ちゃん」という看板が取り付けられている。
「……あンの、糞たらしがァァァァ!!」
銀時の声らしい怒鳴り声が外にいた俺にまで聞こえた。と同時に俺の顔から血の気がさっと引いていく。銀時の手に請求書が届く前にそれを取り返す予定だったのだ。だが今の怒鳴り声を聞く限りでは、どうやら俺の作戦は失敗したようである。
止まる理由なんて無いだろう (いや、俺にはある)
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