空が青いという不都合 | ナノ








その背中に向かって叫んだ俺の声色は、攘夷戦争の時みたいに生き生きとしていた気がする。ゆっくりとした動作で振り返る晋助に向かって俺は言葉を紡ぐ。酷く指先が冷たい。唇が震える。

「しんすけ、」

怖い、と思った。きっとこの先に進んでしまったら、俺はもう戻れない。銀時や小太郎、辰馬と馬鹿な事をし合ったり、穏やかに笑う事も出来なくなるのだ。それを恐れていないと言えば嘘になる。それでも俺は家族だと言ってくれた晋助の傍に居たい。晋助との繋がりを失いたくないと心底思った。

「俺はこの世界から天人を追い出したい」

攘夷戦争の時から、いや、もっと前からそれを望んでいた。天人が憎い。あいつらさえこの星に来なければ攘夷戦争なんて起らなかったかもしれないのに。江戸の上層部に居座る天人が憎い。此処はお前達の居場所ではないのに。俺の考えるそれは結果論や極論でしかないかもしれないが、天人が憎い事に変わりはなかった。

「晋助がこの世界を壊したいのも知ってるし納得してる」

あの時の幕府の命によって松陰先生が俺達から奪われたのは紛れもない事実で。それを誰よりも憎んでいるのは晋助だ。どうして銀時が全てを受け入れた様に生きているのかが分からない。どうして小太郎はもっと壊すべき本質を見ていないのか。どうして辰馬は地球から出て行ってしまったの。きっと本人達に聞くべき事なのだろう。例えそうしたとしても、今の俺では理解してやれない。所詮憎しみに支配された者という点では俺と晋助は同じなのだ。

「その手段として天人と手を組んでいるのも…本当は納得したくないけど、理解はしてる」

晋助と共に居たいのなら、それも受け入れなければならないだろう。ぎゅ、と両の拳に力が入る。こちらを見つめる晋助の瞳は相も変わらず冷たい。怯んでしまいそうになるが、怪我をしていない左脚に必死に力を込めて真っ直ぐ立つ。

「俺も…晋助と一緒にこの世界を壊したい。そうすれば結果的に天人を追い出すという俺の目的が成し遂げられると思うから」

俺の決心は言葉と成って、晋助の耳に届いたらしい。そうか、と漸く言葉を発した晋助が此方に歩み寄る。病院内は驚く程に静かで冷たかった。

「…嫌だって言っても、もう逃がしてやんねェぞ」

俺の真正面に立ち、視線を交わした彼の瞳は暗い色だった。

「家族にもなって、同じ組織にも入り、お前ェはもう俺から逃げられねェな」

面白可笑しいといった様子で晋助が冷たく笑みを溢す。だがそれは酷く満足気な表情だった。じ、と廊下の蛍光灯が少しの間点滅を繰り返す。松葉杖を握り直すと、俺はしっかりと彼の目を見つめた。

「逃げないよ。たぶん俺、晋助が思っているよりも晋助に依存してる」

そうはっきりと伝えると、僅かに動揺の色を示した晋助だったが口元に笑みを浮かべた。きっと今の俺は晋助に捨てられてしまったら生きていけない。寂しくて寂しくて、他の誰でもなく晋助を求めるのだろう。きっとそれは依存だ。醜くて情けない関係。それでも俺はそうしていないと生きていけない。この心地良さを知ってしまったから。

「…早くお前の心も手に入れてェもんだな」

ぐい、と顎を掴まれ、晋助が近距離でそう呟く。それに応える様に、俺は少しだけ背伸びをして彼との距離を詰める。そっと触れ合う唇が熱かった。

「…今はこれで勘弁して」

呆気に取られている晋助に背を向けて逃げる様にその場から離れる。松葉杖を使っている俺の歩く速度は目に見えて遅いはずなのに、晋助は追って来なかった。緩む口元と、熱を持った顔には気付かない振りをしている俺はきっと前と比較しても晋助との口付けが嫌ではなくなっていた。




醒めないはずだった夢が終わりを告げる