空が青いという不都合 | ナノ








意識が泥の中に沈んでしまった様だ。ぼんやりとした頭の中では何も判断できない。今自分が何処に居るのか、そのような状況に置かれているのか、それすらも分からない今、視界に入る真っ白な天井だけが俺の視界に映る全てだった。耳に届く電子音は一定のリズムを刻み、視界の隅に何度か白い影が映る。ああ、きっと此処は病院なのだろう。ぼんやりとそんな事を考えながら俺は瞼を閉じた。




「玄」

低い声色が耳に届いて、俺は瞼を開いた。天井に向けられていた視線を右に移すと見慣れた男が一人。

「…し、んすけ」

俺の喉から出た声は酷く掠れていた。くしゃりと俺の髪の毛を撫でる彼の手が優しい。こちらからは彼の表情を伺う事は出来ないが、額に置かれた晋助の手は温かかった。




彼等の最期の表情が瞼の裏に焼き付いて離れない。信念を持った様な、恐れ戦いた様な、戸惑いを持った様な、そんな感情の入り乱れた表情。俺が刀を振り下ろすその瞬間に、彼等は何を思ったのだろう。ごめんなさい、今更声にならない言葉で謝罪をしても何も変わる事はないし、何も変えられない事は解っているのに。それでも俺は夢の中で言葉を紡ぐ。

「…っん、」

ゆっくりと瞼を開くと、真っ白な天井が視界に映る。視線を少し動かせば真っ青な空が窓枠の中で輝いていた。此処は何処あのだろう、そんな事を考えようとした途端に記憶が一瞬にして蘇る。真っ暗な牢獄の中で繰り返される痛みと、信念も何もかも失った俺が死を決意した瞬間、火柱の中を俺の手を引いて進む晋助の後ろ姿。ああ、俺は生きているのか。がっかりした様な、他人事の様な不思議な感覚だった。生きていて嬉しいのか、悲しいのか、それすらも分からない。ただ涙が溢れて止まらなかった。

「玄」

俺の嗚咽を遮ったのは紛れもなく高杉晋助だった。

「し、んすけ…」

反射的に横になっていた身体を起こす。真っ白なカーテンからするりと此方側へと入り込んだ彼はやはり紫煙の香りを身に纏っていた。力を込めた両腕が酷く痛んだがそれを表情に出さない様に取り繕う。

「…ごめん、迷惑かけた」

怖くて彼の瞳を見れないまま、俺は謝罪の言葉を述べていた。一体何処から謝れば良いのだろう。俺が鬼兵隊の戦艦を気分転換がてらに抜け出した事から始まり、今は鬼兵隊の一員だということも忘れてただ本能のままに人を殺めてしまった事、挙句の果てには真選組に捕まり処刑される間一髪の所を晋助に助けてもらわなかったら今頃俺は死んでいた事、それら全てを謝らなければ。俺は必死に謝罪の言葉を紡ぐ。

「本当に、勝手な事ばかりして、俺…」
「…五月蠅ェ」
「…?」

今何て言ったの?、と俺が聞き返す間もなく、俺は半ば強引に彼の腕の中に引き込まれた。少しだけ乱雑な抱き寄せ方に身体の傷が痛むがそんな事も気にならないくらい自分の心臓が五月蠅かった。ベッドに入っている俺と、その場に立っている晋助。彼の胸の下に俺の頭が在る様な体勢だったが、それでも俺の頭に回された彼の右手はただ優しかった。

「帰りが遅ェと思ったら、いつの間にか幕府の狗になんて捕まってやがる」
「…ごめん」
「流石に肝が冷えた」
「…本当にごめん」
「次そんな事があったら、そうだな…首輪でも着けてやるから覚悟しておくんだなァ」

首輪を着けさせられるなんて俺は犬か、と抗議すれば意地悪な笑みを浮かべた晋助が俺を見つめていた。俺の知っている晋助はこんなに優しく笑わない。笑わないはずなのに、何故彼はこんなにも俺に優しく俺を視界に映すのだろう。

「…晋助が晋助じゃないみたい」

無言の見つめ合いが何処か気まずくなって、俺はそんな事を口にした。

「それは紛れもなく玄の所為に違いあるめェ」
「別に、俺は何も…」
「玄」

俺の言葉を遮る様にして、晋助が俺の名前を紡ぐ。その刹那、俺の身体は優しく押し倒された。ぎしり、と二人分の体重に悲鳴を上げるかの様に寝台が軋む。仰向けに横になる俺と、上半身だけが俺の身体に覆い被さっている晋助。まるで世界に二人きりかの様な錯覚に陥る。

「な、に、晋助」

どうしたの、と軽く笑ってみるも、彼の表情は何も変わる事はなかった。

「好きだ」
「っ、」

かあ、と顔に熱が集中するのが自分でも分かってしまった。それでも平然を装わねば、何か言葉を返さなくては、と必死に頭の中で考える。

「だから、俺は男だってば」
「だから何だ」
「何だって…俺は女じゃない」
「そんな事は嫌という程分かってらァ」
「…だったら何で」
「理由?ただ好いているという事だけじゃお前を手に入れてェ理由にはならなねェか?」

ぐ、と言葉に詰まってしまった俺を彼が見て、晋助は面白そうに口元を緩める。

「玄」

ゆっくりと彼の顔が近付いて来る。また口付けをされる、反射的に俺はそう思ったのに、俺は抵抗しなかった。




睫の先から白い花