空が青いという不都合 | ナノ








処刑の日は意外と早くやってきた。

「出ろ」

土方からそう告げられて、俺は久々に牢の外に足を踏み出した。両手には枷を填められ、腰には縄を巻かれ、俺は建物の外を歩く。彼の話では俺は今から処刑場に連れて行かれ、そこで罪状を正式に言い渡された後に俺は打ち首になるらしい。そんな説明を右から左へと流しつつ、俺はぼんやりと外の景色を眺めていた。警察専用車両から一歩足を踏み出すと、報道業者が俺達を取り巻く。何やら叫んでいる者も居るし、必死にカメラを構えて俺を写そうとしている者も居る。そうか、世間ではこんなにも騒がしくなっていたのか。

「…相変わらず五月蠅いな、マスコミってのは」
「土方さんがそんなんだからチンピラ警察なんて言われるんでさァ」
「お前が!しょっちゅう!器物損壊や迷惑行為をしている所為だろうが!!」

隣で何やらぎゃあぎゃあと騒いでる二人に冷たい視線を向けるも、相も変わらず彼等は喧嘩を続けている。近藤もそれに注意する事なく笑っているあたり、何時もの事なのだろう。からん、と手枷が歩く度に鳴る。奉行所内に入ると地面に敷かれた茣蓙の上に座らされ、暫くしていると内側から奉行所の役人と思われる人間が一人出て来た。

「これより、久坂玄の裁判を開始する」

俺の名前や罪状が奉行者の口から告げられ、周囲の関係者や奉行に携わる人は静かにそれを聞いている。特に何かを否定する訳でもない俺も同様に耳を傾けていた。随分と長い時間に感じたその話が終わると、俺の罪状が言い渡される。判決は生命刑(死刑)。刑罰は斬首刑後に獄門。ああ、やっぱりか、と溜息を吐き出す様に俺は俯く。

「何か言い残す事はあるか?」

奉行者が俺に向かって問う。

「…俺に辞世の句なんて似合わないし、そんなもの残すつもりもない。言い残した事は直接本人に伝えたいものだ」
「残念だがそれは叶わぬ願いだな…準備を始めろ」

その一声で今まで静かに座っていた関係者が立ち上がり、斬首の準備を開始する。俺の隣に刀を持った斬首役の人間が静かに立った。今から斬首された後、俺の首は台床の上に乗せられ、罪状を書いた木札と共に三日二夜晒されるのだ。斬首刑の中では最も重い刑だと言われている。俺の過去の攘夷活動を差し引いてもこの獄門なのだから、余程俺のした事は重みのある犯罪だったのだろう。

「…」

地面に開けられた穴の前に跪かされ、首を差し出す様に背中を押される。斬首役人が刀を構える音が耳に届いた。ああ、これで良かったのかもしれない。信念も信条も、武士として大切にしていたものは何もかも失った。そうして俺は静かに瞼を閉じた。

刹那、爆発音が響く。

「何事だ!?」
「何者かによる爆撃です!」
「警備は何をやっていたんだ!」

真選組の隊士や奉行所関係者が慌ただしく動き始める。奉行所の裏からは炎々を燃え上がる炎が目視で確認出来た。そうこうしている内に第二の爆発。今度は俺達が此処に入って来た入口付近だった。爆発の煙が風に流されて俺達を包む。視界が奪われ、周囲の状況が確認出来ない。

「っ、煙で前が…ぐっ!」
「ぎゃっ…!」

直ぐ隣で悲鳴。その後に別の男の呻き声が又もや耳に届いた。そして地面に何かが倒れる音。視界の悪いこの煙の中を、誰かは迷う事なくこちらに向かって歩んで来る。砂利を踏みしめる音が次第に近づく。

「ったく、世話の焼ける馬鹿だ」
「……晋助?」

煙の中で必死に目を凝らすと、そこに立っていたのは紛れもなく鬼兵隊の首領である高杉晋助であった。派手な柄の着物は普段通り。口に咥えた煙管も平時と変わらず。彼の手にしている刀だけが真っ赤に染まっていた。

「なんで、」
「話は後だ。さっさと帰ェるぞ」

俺の両手の手枷をいとも簡単に切り離した彼は、半ば乱暴に俺の着物の襟を掴むと引き上げた。それに誘導されて俺はその場から立ち上がる。そして三度目の爆発。今度は先程爆破された入口とは反対方向だった。周囲の目がそちらに向いた瞬間に晋助は俺の手を引いて動き出す。方向は二度目の爆発が起こった入口方向。状況の理解が追いついていない俺はただ必死に足を動かして彼の後ろ姿を追う事しか出来なかったのだった。




この花の散るを惜しうおぼえさせたまふ