空が青いという不都合 | ナノ








白昼堂々のその犯行は、瞬く間に広く知れ渡る事となった。

「銀ちゃん!」
「……嘘だろ、」

テレビのニュース番組ではその事件が重要ニュースとして報道されていた。攘夷浪士の犯行か、それとも無差別テロなのか、一体何の目的があってこんな事を起こしたのか、箱の中の女性はそんな見解を次々と口にしているが銀時達の目線は画面の一部分に釘付けである。犯人の顔写真、それは紛れもなく万事屋に居候していた玄だった。何で、と新八の口から言葉が零れる。当日の監視カメラの映像が流され、そこには確かに刀を持って往来を進む玄の姿が映し出されていた。着物と袴は返り血で汚れ、刀にも斬った者の体液が滴っている。そして再び彼が天人に斬りかかる瞬間、その映像は途切れた。恐らく余りにグロテスクな映像が記録されており、テレビ局の判断で映像を打ち切ったのだろう。

「…銀ちゃん、玄は…どうなるネ、」
「銀さん…」

不安そうな目で神楽と新八は銀時を見遣る。二人の問いかけに何も言葉が返せない銀時はただ唇を噛み締めるだけだった。ニュースで報道されている情報を見る限り、玄が殺害したのは天人を十一人、警察関係者を五人、事件に巻き込まれた怪我人は十数人にも及ぶとの事だった。この状況から判断するに最悪死刑が言い渡されるだろう。しかもその確率は極めて高い。どうにか最悪の結果を免れたとしても一生堀の中から出て来られる事はないだろう。

「…玄っ」

ぐ、と銀時はただ拳を強く握り締める事しか出来なかった。




「ねえ、土方さん」
「…あ?」
「俺は死ぬの?」
「だろうな。全部で十六人も手にかけてんだ、死刑が言い渡されるだろうよ」

しゅぼ、と彼に握っているライターから火が上がる。そしてそのまま彼の口に咥えられている煙草に火が点けられ、俺の鼻に煙草の香りが届く。晋助とは違うその匂いに俺の眉間には皺が寄る。この匂いは嫌いだ。無意識にそう思った。晋助はどうしているだろうか。俺の勝手な行動に怒りを覚えているだろうか。幕府の襲撃計画までもう少しだったのに、こうも世間を騒がせる結果になってしまって、今頃鬼兵隊は計画の補正に慌ただしく動いているのかもしれない。きっと晋助は俺を見捨てるだろう。

「さあ、続きを始めようぜ」
「っ、…ああああ!!」

じゅ、と左肩の肉が焼かれる。真っ赤に熱せられた鉄の塊は、俺の身体に痛々しい火傷の痕を何度残しても尚その色は変わる事はなかった。何度も唇を噛み締め、何度も掌に爪を食い込ませ、痛みを耐えようとしたがそれは叶わなかった。唇は噛み切れ、掌からは血が滴る。喉が裂ける程に悲鳴を上げた。それでも俺はここから逃げたいとは思えなかった。もう死んでしまいたい。あの時から俺が守り続けていた信念は崩れてしまった。それだけで俺が死にたい理由としては十分だった。

「もう一度聞く。何処の所属だ?桂か?高杉か?それとも春雨か?」
「…何処でもない」
「なら犯行の目的は何だ?」
「…天人が憎いから」
「そこまで奴らを憎む理由は?」
「…仲間を、殺された」
「仇討にしては一貫性がないな。殺された天人に共通点は何もない」
「…師も、仲間も、守りたいと思った者も、みんな…あいつらさえいなかったら、あいつらさえ此処に来なかったら…」

俺は歯を噛み締める。

「っどうして!どうして俺は何も守れない!どうしてあいつらは!俺が全て殺してやる!俺が!」
「おい!!こいつを押さえろ!!」

土方の命令で何人かの男達が俺に掴み掛かる。

「…度々の尋問で頭がイかれたか」

ふう、と溜息と共に煙草の煙を土方は吐き出した。その隣では大柄な男が眉間に皺を寄せて立っている。

「トシ、後はどうせ死ぬだけだ」
「だから苦痛を与えずに死なせてやれってか?甘ェな、近藤さん」

咥えていた煙草を地面に捨てて、土方はそれを踏み潰す。

「今回の事件で不明な事が多い今、最も尊重すべきは奴の人権じゃねェ。奴の持っている情報だ」
「…」
「奴が何処かの組織の一員なら根こそぎ引っ張り出す。もしそうじゃなければ奴には気の毒だがそのまま死んでもらう。…なあに、十六人も殺してんだ、今更気の毒も何もないがな」
「…うちの連中じゃないが警察関係者も五人殺されてる。簡単に楽になれるとはあの男も思っていないだろうよ」

近藤さん、と呼ばれていた男が俺を見遣る。両脇を数人の男に押さえられ、首を差し出す様に跪かされた。俺を見る近藤の目は憐れみに満ちている。

「…殺せよ」
「自ら命を差し出すか」
「…信念も、折れた。今の俺には生きる意味がない」

あれ程人は斬りたくなかったのに。人は斬らないと決めていたはずなのに。俺が刀を振るうのは天人だけだと決めていたじゃないか。俺にとって人は守りたい存在だったのに。だから俺は晋助の手を取って鬼兵隊にも入ったのに。家族が欲しい事も彼に着いて行った理由だが、同じくらいこの世界を変えたいと思っていたからなのだ。

「志の折れた男は生きる意味がないと思わないか?」

そう問いかければ近藤は首を振った。

「志なんて折れてもまたやり直せる、自分の周りに仲間が居ればな。そうは思わないか?」
「…俺は五人も斬り殺した。やり直せるなんておめおめ思っちゃいねェ」
「天人は殺した人数に入らねェってか」
「トシ。…久坂、悔やむなら悔やめば良い。悔やむ事が出来るのは人間だけだ。獣には悔やむ事が出来ねェからな。悔やめる事はお前がまだ人である証だと俺は思うね」
「…人を手にかけた事は悔やんでいる。だが天人を殺した事には何の後悔もない」

例え獣と罵られても良い。例え人間以下だと蔑ずまれても良い。天人をこの星から追い出すことが出来るなら地を這う事だって厭わない。そんな事を考えつつも、たった一人の少女だけは手にかけれないだろうと俺は自身を嘲笑う。もっと早くに神楽が天人だと分かっていたら、俺のこの戸惑いはなかったのだろうか。そんな疑問を頭に浮かべながら、俺は真っ赤な鉄の棒をぼんやりと眺めていた。




飲まれる男




「晋助、本当に良いのでござるな」

再度確認を取る様に万斉が高杉に言葉を紡ぐ。問いかけられた本人の高杉は月に視線を向け、万斉の問いかけには言葉を返さない。煙管から紫煙が上る。

「計画の方は万斉、お前に任せる」
「それは分かったが…晋助、お主は?」
「…迷子の仔犬でも探しに行くさ」

ふう、と溜息混じりに紫煙を吐き出した高杉の視線は夜空に向けられたままである。本当は仔犬だなんて思っていないくせに、という万斉の反論は喉まで出かけたが彼はそれを飲み込む。変に反論したところで彼がそれを認めるとは思わなかったし、彼の機嫌を損ねると自身の安全も保障兼ねる事を分かっていたから故の判断である。

「仔犬が迷子になるなら、リードを着けておく事をお勧めするでござるよ」

そう呟いて、万斉に高杉に背を向けた。これから忙しくなるだろう。計画は既に始まっているのだから。