空が青いという不都合 | ナノ








「…あ、」

戦艦の廊下で偶然にも晋助と会った。ここ数日は晋助の姿を見る事がなかった為か、非常に久しぶりに顔を合わせる気がする。何時から顔を見ていないんだっけと記憶を巡らせるが、それがあの日晋助から優しく口付けをされた時である事を思い出して一人で羞恥に苛まれた。

「…玄」

不意に晋助に名前を呼ばれて、俺は顔を上げる。

「些か付き合え」
「…良いけど、何?」

俺の問いかけに答える事はせずに、晋助は俺に背を向けて歩き始めた。これは付いて来いという事なのだろうか。そんな事をぼんやりと頭の中で考えて、俺は黙って晋助の後に続いた。相も変わらず、夜更けも近いこの時間帯には艦内に人が少ない。



晋助が向かったのは彼の自室であった。初めて入る其処は晋助の煙管の匂いが強い。そんな事を頭の片隅で考えていると、部屋の戸を閉めると同時に目の前の彼に抱き寄せられた。唐突の出来事に俺の頭は思考が追いつかない。

「晋助…ちょ、…」
「五月蠅ェ」

黙ってろ、と小さく呟いた彼は俺の背に腕を回したままだ。ここ最近の晋助は何かが違うと思う。いや、もしかしたらこれが本来の晋助であり、今まで俺が見てきたのは表面上の晋助だったのかもしれない。そんな事を考えるくらいに今の俺は晋助が何を考えているのかが分からなかった。乱暴に扱ったと思えば、こういう風に優しく俺に触れる。本当の晋助はどっちなんだろう。

「玄、」

身体が離れたと思った途端、彼の手が俺の頬に触れる。あの時と同じだ。そんな事を考えていると、やはりあの時と同じ様に彼の唇が俺のそれを塞いだ。噛み付く様な荒々しいものではなく、そっと触れるだけのそれは俺の頭の中を真っ白にするには十分だった。何度も離れては再び唇同士が触れる。

「…っん、」

擽ったい様な、心地良い様な、不思議な感覚。気付けば俺の両手は晋助の着流しを掴んでいた。触れ合うだけだった彼と俺の唇は何時しか啄ばむ様なそれに変わっていた。軽く吸われたかと思うと、優しく包み込む様に口付けられる。ぞわり、と肌が粟立つ。

「玄、」

お互いの唇がゆっくりと離れる。頭の中がぼうっとする。

「好きだ」

彼の吐息が掛かる程の距離にいるのに、晋助の言葉は酷く遠くで聞こえたような気がした。

「………今、なんて、」
「二度も言わせる気か」
「…だ、だって…俺、男、」
「今更そんなこと気にしちゃいねェよ」
「大体、晋助、そんなこと一言も…」
「だから言ってただろ、お前ェは昔から何も気付いちゃいねェって」
「そんなこと言ったって、エスパーじゃないんだから、分かるわけないだろ…!」
「普通気付くだろうよ」

好きでもないのに家族になってやるなんて狂言、俺は言わねェぞ。彼の言葉が俺の鼓膜を震わせる。心臓の音が五月蠅いくらいに鳴り響いている。顔が熱い。

「玄、俺ァ家族になったらお前の全てが手に入ると思っていたが、家族になったからと言ってそうなるわけじゃねェ事に気付いたんだ。…俺はお前の心も欲しい」

真っ直ぐな彼の右目が俺を見据える。心臓が痛い。ああ、分かった。今までの乱暴な彼も、優しく触れる彼も、どちらも同じ高杉晋助なのだ。俺は彼のことを何も分かっていていないだけだったのだ。




野ざらしのけものにも似た