鬼兵隊の戦艦にどうやって戻って来たのか覚えていない。布団に伏せたままの状態でぼうっとしいると、何時しか夜は更けていた。明け方の酷く冷たい空気が俺の身体を冷やすが、そんな事も気にならないくらい俺の頭の中は堂々巡りの考えによって占められていた。
「朝帰りとは…悪い子だなァ、玄」
びくり、と大袈裟なくらいその声に肩が震えてしまったのは、ただ晋助が怖いだけではなく、銀時に会った事の後ろめたさが俺の中に少なくとも存在するからなのだろう。晋助が銀時の事を良く思っていない事は薄々感づいていた。俺の動揺が表に出てしまわない様に冷静を装って部屋の入口を見遣るが、その彼は扉枠に背を預けたままの状態であり、こちらからは晋助の浮かべている表情が確認できない。
「…悪い子には…躾しかあるめェ」
くつり、と狂気に満ちた笑みを浮かべた晋助に背筋が凍る。ゆっくりと彼は俺の元へと歩みを進める。布団から起き上がって晋助から離れようとするも、時は既に遅かった。ぐ、と起こしていた身体を再度布団に押し付けられ、俺の口からは小さく呻き声が漏れる。
「は、っなせよ…!」 「銀時にでも慰めてもらったんだろ?」
俺と銀時を嘲笑うように晋助が愉快そうに呟いた。晋助の手によって布団に押しつけられた肩が鈍く痛むが、その言葉は俺の頭に血を上らせるには十分だった。
「晋助…ってめェ…!」 「あァ、図星か?」
嫌味ったらしく晋助が笑うが、彼の瞳の奥は笑ってすらなかった。まるで冷たい氷のようだ。俺を組み敷く晋助を退かそうと暴れる俺に彼は舌打ちを口から漏らした。
「暴れる犬は縛っておかねェと、な」
しゅるり、と手慣れた動作で晋助が俺の腰紐を解いて抜き取った。何すんだ、と俺が口を開くよりも早く、彼は俺の両手首をその紐で固く縛りあげる。自由を奪われた俺の両手は頭の上で、晋助の肩手によって固定されてしまった。
「っな…!」
するり、と俺を組み伏せている男の手が俺の衿から侵入し、腹を撫でる。彼の手は凍える様に冷たかった。咄嗟の事に驚いて戸惑っている俺を余所に、晋助は俺の着物の前を大きく開いた。冷たい空気に身体が触れて身震いをする。べろりと舐められた首筋が酷く気持ち悪い。何とか彼の手から逃れようと身を捩るも両手が塞がれており何も抵抗が出来ない。俺の両脚の間には晋助の身体が割り込んでいる為に尚の事どうしようもない。そうこうしている内に晋助は俺の袴に手を伸ばす。
「晋助っ、ほんとにやめっ…痛ッ!」
止めろと声を上げると、彼の顔が置いてあった首筋に鋭い痛みが走った。その痛みが晋助に噛まれた所為であると理解するには幾何かの時間が必要だった。思いっきり噛みやがったな、という俺の文句の声は口から発せられる事はない。
「銀時にもさせたんだろ?構うことはあるめェ」 「っ…いい加減に、しろ!」
ぐ、と片足を思い切り抱え込む様に曲げ、覆い被さっている晋助の身体の間に入れ込む。そして渾身の力を込めて蹴り上げた。目の前の男の身体を蹴り上げた事に対する確かな感触が俺の足の裏から伝わる。怯んだ隙を見逃すことなく、俺は晋助から距離を取る。腹を蹴られた痛みに悶絶しているのだろうか、俯いたままの晋助に俺の怒りが収まる事はなく。両手を開放するよりも先に、俺は晋助に渾身の力を込めて再度蹴り込んだ。
「ちっ」
俺の脚の軌道を阻んだのは目の前の男の腕。その結果、俺が晋助を再度蹴る事は叶わなかった。
「…止めんなよ糞野郎。蹴らせてくれないと俺の腹の虫が収まらないんだけど」
上げていた片脚を下ろして晋助を見下す。苛立ちを抑える事が出来ない。縛られている両手首を開放しようにも、御丁寧な事に紐は固く結ばれている。その事実に再び舌打ちを溢した俺は晋助に目線を向けるが、未だに彼は下を向いたままであり、その表情は伺えない。
「…」 「…」
俺と晋助の間に沈黙が流れる。やはり彼は何も言葉を発さないし、こちらを見ようともしない。あれだけ好き勝手にしておいて、今度は何も話さないとは一体どういう了見なのだろうか。そうこう考えている内に、漸く晋助の瞳が俺を映した。
「…どうやったらお前ェを手に入れられる」 「は?」 「お前の望む家族になったにも関わらず、何故お前は昔みたいに俺から逃げて行く」
悔しい様な、悲しい様な、苛立った様な、焦った様な、そんな感情の入り混じった表情で晋助は俺を見ていた。こんな晋助を俺は知らない。これは昔から俺が知っている晋助ではない。そんな事を咄嗟に感じつつも、俺は目の前の彼に対して何と言葉を返せば良いのか分からなかった。
「玄」
すっ、と晋助の腕が俺に向かって伸ばされる。先程までの荒々しい彼の動きとは全く別物だったそれに、俺は簡単に捕まってしまった。晋助に掴まれた右手首が酷く熱を持った様に熱い。ぼうっとそんな事を頭の中で考えていると、これまた先程とは正反対の力加減で晋助の方へと手繰り寄せられ、俺はそれに従って彼の胸へと引き寄せられた。その際に床で打った膝が鈍く痛むがそんな事も気にしていられないくらい、俺の頭の中は真っ白だった。
「お前は昔から何も気付いちゃいねェ」
先程の力が嘘だったように、俺の背中に回されている彼の手は優しかった。彼の言葉もまた、穏やかだった。ゆっくりと身体が離され、俺と晋助の視線が交わる。彼の右目に俺が映っているのが薄暗いこの部屋でも分かった。さらり、と彼の手が俺の耳に触れ、そして頬を撫でる。まるで壊れ物を扱うかの様に俺に触れる彼の手は温かった。
「し、」
晋助、と彼の名前を紡ごうとした俺の口は、彼の唇によって塞がれた。
暗闇の終わりがわからない
|