空が青いという不都合 | ナノ








酷く懐かしい夢を見た。まだ戦が始まる前。松陽先生がまだ生きている時の夢。俺と銀時は何時でも一緒だった。何がきっかけで仲良くなったのかは覚えていない。だけど寺子屋の誰よりも俺は銀時と一緒にいた記憶がある。寺子屋の裏で、俺と銀時は草木を用いて遊んでいた。そんな懐かしくて暖かい夢。唐突に場面は変わり、今度の俺は戦の中だった。これも記憶にある。戦はまだ中盤で、俺達の誰もが負ける事を予想だにしていなかった時である。視界には既に事切れている仲間達。鼻に突き刺さるような鉄の臭い。全てが嘘だと信じたかった。

「どうして、」

どうして世界はこのような結末を迎えるのだろうか。俺の望んだ世界はこのような結果には向かわなかったはずなのに。俺が望んだのは、ただ、みんなで一緒に。


ひゅ、と声にならない自分の悲鳴によって目が覚めた。空気は冷たく、窓の外は薄暗い。時間帯は夜明け前の様だ。脳裏に浮かぶのは先程の夢。周囲に転がる無数の死体、真っ赤に染まった自分の身体、少し前まで生きていた仲間の残骸。俺が大切なものを守れなかったという事実。それらを振り払いたくて俺は部屋から抜け出した。

「…寒い」

廊下に出ると空気が一層冷たく感じた。ぶるり、と身体を震わせた俺は寒さに対抗する様に腕を組む。廊下の非常灯の光のみが周囲をぼんやりと薄暗く照らしている。ふう、と小さく溜息をつけば、口から白い息が吐き出される。

「もう、江戸についているんだ…」

船の外に出れば、見慣れた江戸のネオンが眩しく輝いていた。半月後の襲撃に備えて鬼兵隊の船は江戸に到着し、幕府やその周辺機関の動きを偵察しているらしい。鬼兵隊の中にも情報収集専門の隊や戦闘中心の隊などが何種類か存在し、襲撃を上手く遂行する為の今回の事前準備に俺は関わっていない。晋助曰く、今回の襲撃に関しての俺の仕事は幕府の上層連中を片付けること。人ではなく、幕府に巣喰う天人の片付け。別に天人を斬る事に抵抗も何もなかった。むしろ天人は俺が憎んでいる生物である。晋助から天人を斬れと言われ、断る事はせずに俺は返事二つで頷いたのだった。

「…ぎん、」

俺の呟いた言葉は海風に攫われた。彼はどうしているだろうか。襲撃の際に銀時達に影響が全くない訳ではない。どうにかして彼らを傷つけない事はできないだろうか。そればかりが俺の頭の中をぐるぐると回っていた。銀時達を危険な目に遭わせたくない。ただそれだけだった。海風がもう一度大きく吹いた時には、俺の行動は決まっていた。




ひゅう、と吹き荒れる北風が万事屋の窓を揺らす。その音が意識の底にまで届いて、先程まで夢の中に居た坂田銀時は目を覚ました。寒い夜の空気が銀時の頬を撫ぜる。ぶるりと身体を震わせた銀時はゆっくりと寝返りをうつ。刹那、窓の外に人の気配。

「っ、誰だ!」

勢い良く布団から跳ね起きた銀時は窓を見遣る。夜も更ける前のこんな時間に、しかも玄関ではなく窓の外から人の気配なんて異常である。

「俺だよ、銀時…」
「……玄!?」

その声に、坂田銀時は跳ね起きた。床に堕ちているジャンプを蹴ろうが踏もうがお構いなしに窓へと速足で近付く。がらり、とカーテンと窓を同時に開けば、使われてはいないが窓枠に設置されているエアコンの室外機の上に小さく座っている玄の姿が夜の暗闇の中でぼんやりと確認出来た。




ぐい、と勢い良く銀時に腕を掴まれた。そのまま俺の腕は彼に引かれて、万事屋の中へと身体が引き込まれる。窓枠と万事屋の床は高低差があり、床の方が随分と低い為に、俺は体勢を崩して銀時の上に倒れ込んだ。俺は正面から、銀時は尻餅をつくような体制で床に落ちてしまったのであった。必然的に銀時との距離が近くなるわけであり、懐かしい銀時の香りが俺の鼻を掠める。

「痛っ…銀時、ごめ「玄」

謝ろうとした俺の言葉を遮ったのは紛れもなく銀時で。身体を離そうとすれば彼の腕がそれを許してくれる筈もなく、俺は再び銀時の腕によって抱き締められた。ぎゅう、と彼の腕に力が籠るのが分かる。

「玄…」
「…ごめん」
「玄……」
「……ごめん」
「っ、玄」
「ごめんね、銀時…」

銀時の声は微かに震えていて、それがどうしようもなく俺の心臓を締め付けた。何度も俺の存在を確かめるように俺の名前を呟く銀時の声に返事をしながら、俺はぼうっと彼の部屋の中を見渡していた。何も変わらない彼の部屋。何も変わらない彼は酷く俺を安心させた。

「銀時、今日は警告に来たんだ」

ゆっくりと俺から身体を離した銀時が、漸く俺の瞳を彼の瞳に映す。薄暗い部屋で銀時の顔は明確には見えなかった。

「半月後、鬼兵隊は幕府に奇襲を仕掛ける」
「奇襲…?」
「だから、逃げてほしい」

お願いだから、と幼い子に言い聞かせるように念を押せば、銀時は小さく首を振った。どうして、と俺が反射的に尋ねると、彼は小さな声で呟いた。

「此処には大切なモンが出来過ぎた」

ああ、やっぱり銀時は何も変わらない。




あまりにもその赤が眩しかったが故の涙です



やはりあの時、止めるべきだったのかもしれない。坂田銀時は口には出さないものの、内心そう後悔していた。高杉の所なんて行かなければ良い。ずっと今まで通り万事屋に居れば良いじゃないか。お前が望むのならば俺が家族にだってなってやれたのに。その言葉が今まで口に出せなくて、そうこうしている間に結局玄は自分の元を去ってしまった。彼は俺ではなく高杉を選んだのだ。今更後悔しても遅いのかもしれないが、それでも男は彼が大切だったのだ。勿論自分の元から離れてしまった今でも。