空が青いという不都合 | ナノ








お前が捨てたんだろう、と言われれば確かにその通りである。




「っ、晋助!」

例の計画についての集会が終わった後。計画に参加する連中は部屋から出て行った。この場所に残ったのは、俺と晋助の二人だけ。最後の一人が部屋を出て行った瞬間に、俺は勢い良く晋助に噛み付いた。

「どういう事だ!」
「…あ?」
「何で江戸を…!あの場所には銀時達が―――」

彼の名前を口に出した瞬間に、眼前にいた晋助が勢い良く俺の着物の襟を掴んだ。突然の出来事に俺は目を見開く。ぎらぎらとした晋助の瞳が俺を写していた。

「その名前を、口にするんじゃねェよ」
「…ん、っ!?」

ぐ、と晋助との距離が縮まったかと思うと、彼の唇が自分の唇に押し当てられた。そんな状況を俺が理解する隙もなく、晋助の舌が口内に入り込む。

「っん、…やめっ……しんす、け」

そんな言葉を俺が紡いでいる間にも、彼の舌は俺の舌を絡め取り、ゆっくりと吸い上げる。耳を塞ぎたくなるような音が自分の鼓膜を震わせた。俺の襟を掴んでいた晋助の手は、何時の間にか俺の腰に回されている。

「…んん、…っふ…」

離せ馬鹿、と言葉を発そうにもこんなに唇と唇を密着させられ、好き勝手に舌を絡ませられていては言おうにも言えないものである。ゆるゆると晋助の手が俺の腰を変に優しく撫で上げた。ぞわりとした感覚が背筋を駆け抜ける。

「っ…、…いい加減に、しろ!この馬鹿!」

晋助の肩を掴むと、俺は半ば強引に彼を突き放した。漸く自由になった口から俺は盛大に酸素を取り込む。随分と長かった口付けの所為ですっかり息が上がってしまっているが、そんな事は構わずに俺は眼前の彼を思いきり睨み付けた。

「っいきなり、何すんだよ、…馬鹿野郎…!」
「………」

晋助は何も言わない。平然の表情で俺をただ見ていた。そんな晋助を一度きつく睨み付けると、俺はその部屋から飛び出す様にして走り去る。普段から目にしてきた彼の表情が、今の俺には何だか恐ろしく見えたのだ。俺の知らない彼は、何を考えているのだろう。世界を壊すのならば、何も江戸を襲撃しなくても良いではないか。確かに江戸には幕府があり、そこには将軍も存在している。だが、攘夷浪士達の活動が活発化しており、幕府が警戒態勢を取っている今を狙わなくたって良いはずなのだ。

「…くそっ!」

銀時や新八、神楽の顔が何度も浮かんでは消える。いくら鬼兵隊が幕府を狙うと言っても、絶対に彼等に被害が被らないわけではない。絶対に彼等が安全だとは言い切れない状態で、俺はただ唇を噛み締める他なかった。守りたかったのに、俺には彼等を守れないのだろうか。確かに俺は家族を手に入れたかった。だけどそれと同時に彼等を守りたいと思う気持ちも存在していたのだ。もし俺が彼等を守る事を優先させていたのならば、結果はまた違うものになったのだろうか。今更そんな事を考えても仕方がないのだが。




「銀ちゃん」
「…あー?」
「…ううん、何でもないネ」

数週間前まで万事屋にいた男の名前を口にしようとして、神楽はそれを止めた。銀時の機嫌が最近悪いと解っていたからでもあるが、彼が元気かどうかを、今頃どうしているのかを聞くなんて、今この万事屋に彼がいない事を決定付けるようで、ただ少女は嫌だったのである。そのうち待っていれば、「ただいま」と玄関からあの聞き馴れた声が聞こえてくるような気がしていた。そんな事を考えながら少女は今日も玄関先を見遣る。




泣き声に似た羽音