此処が主の部屋でござる、と万斉さんに案内されたのは六畳程度の個室であった。どうやら此処が俺の部屋らしい。室内には必要最低限で簡易な家具しかなく、近いうちに生活用品を買いに行かなくてはならないだろう。
「俺みたいな新入りが、部屋もらって良いんですか?」 「構わぬ。不自由な暮らしはさせるなと晋助からの言伝てだ」 「…」
どんだけだよ、という俺の溜め息混じりの言葉は何とか喉の奥に押し込めた。聞けば万斉さんは鬼兵隊幹部の一人らしいではないか。そんな人に俺の案内を頼むなんて、晋助は見かけに依らず過保護なのだろうか。
「…玄、そなたは晋助と共に攘夷戦争を戦い抜いたと聞いているでござる」 「そんな話、晋助がしたの?」 「否、拙者が勝手に調べただけでござる」 「だろうね。晋助が第三者に自分から昔話するなんて有り得ないよ」
けらけらと俺が笑うも、相変わらず万斉さんは無表情のままである。彼の瞳はサングラスに隠れてしまっていて何を考えているのか俺には解らない。
「晋助が背中を預けた男…一度手合わせ願いたいものでござる」 「そんな大袈裟な、俺じゃ万斉さんには敵わないよ。…それに、」
一度言葉を区切った俺を万斉さんが一瞥する。
「俺は、人間は斬らない」
俺が刀を振るうのは天人に対してのみだと決めたのだ。いや、思い出したという方が相応しいかもしれない。攘夷戦争が始まる前に俺は決めたのだ。この世界が松陽先生を奪う原因を生み出した天人を俺は許さないと。
「…主は、不思議な音色を奏でるでござるな」 「音色?」 「旋律も音程も緩みきっている音楽かと思っていたが…時に激しくしっかりとした重低音が聴こえるでござる」 「何?そんな曲聴いてるの?」 「玄の音でござるよ」 「?」
会話が噛み合っていないとは今の状況を言うのだと思った。万斉さんの言っている事が俺には理解出来ないし、彼は俺に理解させる気がないのか。
「そういえば…来島が街に下りると言っていたでござる」 「来島?…あァ、あの金髪の女の子」 「ついでに生活用品の買い出しに連れて行ってもらうと良いでござろう」
「何で私が新入りのお守りをしなくちゃならないっスか!」 「あー…何だか、すみません」
万斉さんから俺の買い出しに付き合ってやれと頼まれた来島さんは大変不機嫌そうであった。まあ、それもそのはずか。心置きなくショッピングをするはずだったのに突然新入りの買い出しに付き合ってやれと言われたのだから。
「お前、名前は?」
俺の前を先々歩いていた女の子が不機嫌そうに振り返って俺に言葉を放った。
「久坂玄。君は?」 「…来島また子」 「じゃあ、また子ちゃんで良い?」 「はァ!?」 「また子ちゃんって俺よりも年下だよね?あ、でも俺よりも鬼兵隊では上の立場だからまた子先輩?うーん…どれが良い?」 「…勝手にしろっス!」
そんな言葉を吐き出すと、また子ちゃんは再び俺を置き去りにして先に歩き出した。そんな彼女に苦笑いを溢しつちも、俺もまた子ちゃんの後をゆっくりと追う。
「ねぇねぇ、また子ちゃん」 「……何っスか」 「本来なら一人で買い物したかったんでしょ?なら俺の事は良いからさ、買い物行っておいでよ」 「ふん、お前如きに気を遣ってもらわなくても結構っス!」 「いや、でも…俺、パンツとかも買いたいんだけど…また子ちゃん、着いて来れるの?」 「…それを早く言え馬鹿!!」 「いだっ!」
ご、と真っ赤な顔をしたまた子ちゃんの左脚が勢いよく俺の腿裏へと蹴り込まれた。予想もしていなかった鈍い痛みに俺は思わず蹲る。そんな俺を睨み付けたまた子ちゃんは再び先々歩き出してしまった。…思ったよりも随分と初な子らしい、なんて考えながらも俺は丸くなって痛みに堪えていたのだった。
表面化されない軽蔑
来島また子はずんずんと大股で路地を歩き進んでいた。平生よりも眉間に皺を寄せ、眉毛と目尻は吊り上っている。傍から見れば彼女の機嫌が随分と悪い事は明らかであった。鬼兵隊に新しく人が増える事になった。河上万斉からそんな話を聞いた来島また子は特別な興味を持ったわけではなかった。頭の片隅にその話を留める程度の認識だったのだが、いざ会ってみたその新人はどうも気に食わなかった。飄々とした態度で周囲の人間に良い顔をしては、するりとその場を逃げる様な男だと彼女は思った。本心を曝け出す事もしない奴なのに、それなのに晋助様に一番近い場所に居る。それが理解出来なかったし、幾ら過去に晋助様と攘夷を起こした関係だからとしても、何故この男が。今の来島また子はそう思わずにはいられなかったのである。
「何で晋助様はこんな奴を!」
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