空が青いという不都合 | ナノ








つん、とした痛みが鼻腔に広がる。目頭がどうしようもなく熱い。徐々に視界が滲んで終いには双眼から滴が溢れ落ちた。通りすがる人に情けない顔を見られたくなくて、下を向くと余計に水滴が乾いた地面へと吸収される。

どうして俺は泣いているのだろうか。

ぼんやりと霞がかった頭でそう考えてみるも答えなんて解りきっている。只単に辛いのだ。万事屋の三人と離れる事が、銀時から拒絶された事が。自分で決めたはずなのにどうして俺は辛いだなんて思っているのだろうか。俺にはそんな資格なんてないはずなのに。

「玄」

何も考えず薄暗い裏路地に入り込むと、其処には晋助の姿があった。特に待ち合わせなんてしていなかったはずなのに何故彼には俺の居場所が解ったのだろうか、なんて考えつつも俺の足は晋助へと向かっていた。

「しん、…すけ…」

躊躇いがちに伸ばした俺の両手は晋助の着物を緩く握る。振り払われる事はなく、況してや拒絶される事もない。ただそれだけなのに俺は心底安堵していた。何かを考える隙さえなく、気づけば俺は晋助の肩口に額を押し付けていた。

「……泣いてんのか」

そ、と俺の髪を晋助の手が滑る。彼の言葉に反応をするわけでもなく、ただ俺は晋助に抱き着いていた。俺の鼻腔を擽る紫煙の香りが高杉晋助という人間の存在を顕著に表している。

「…辛ェか」

晋助の問いかけに、俺は大きく首を横に振った。銀時や新八や神楽と離れる事は確かに辛い。それでも家族が手に入り、そのうえ今以上に神楽を傷つける事がないという確かな確信の方が俺にとっては大切であったのだ。何かを手に入れる為には代償が必要である。

「晋助、…これで晋助と俺は、家族になれる…?」
「…あァ。テメーが昔から望んでた家族だ」
「そっか…良かった…」

ふ、と晋助の言葉に微笑むと彼は俺を抱き寄せてくれた。先程のように俺が一方的に晋助に抱き着いているのではなく、今度は晋助も俺を抱き締めてくれている。薄暗い裏路地で、何かを確かめるように抱き締め合う俺達に目を向ける者など誰もいなかった。




「おかえりなさいっス、晋助様!」

俺と晋助を一番に迎えたのは二丁の拳銃を腰のホルスターへと納め、上がへそだし仕様の紅い和服、下がミニスカートという大変セクシーな服装の女の子であった。彼女は金色の長髪を頭の左側で纏めており、若干のつり目。「晋助様」という言葉から判断する限り、どうやら彼女は晋助の部下であるらしい。

「来島、万斉を呼んで来い」
「はいっス!」

「来島」と呼ばれた彼女は晋助の言葉に一つ頷くと、颯爽と船内へ走り去ってしまった。鬼兵隊に女の子がいるなんて思ってもいなかった俺はただただその光景に驚くばかりである。

「晋助、戻って来たでござるか」

サングラスをかけ、革のジャケットを着ており、両耳にはヘッドフォン、そして背負っているのは三味線。どうやらこの音楽感に溢れた人が「万斉」という人らしい。

「こいつが玄だ。船内の案内はお前に任せる」
「ふむ…これが晋助が何度も名を口にしていた男でござるか」
「久坂玄です。…えっと、」
「拙者、河上万斉と申す」

困ったように俺が言葉を溢すと、サングラスをかけた男は礼儀正しく名乗ってくれた。どうやら先程から晋助が口にしていた「万斉」というのは彼の下の名前らしい。

「では玄殿、こちらへ。拙者が船内を案内させて頂くでござる」
「あ、はい。…あの万斉さん、玄殿って変にむず痒いので出来れば他の呼び方でお願いしたいんですけど」
「…ふむ、承知した」

それだけ言葉を紡ぐと、万斉さんは船内へと入って行ってしまった。俺も慌てつつ彼の後に続く。ちらり、と俺が晋助を一瞥すると、彼はただ何かを言うわけでもなく俺を見つめていた。




残りは全部あなたのもの