空が青いという不都合 | ナノ








「…は?」

俺の発言に対する銀時の第一声はそんな言葉だった。

「だから、そのままの意味」
「…本気か?」
「…うん。あ、でも借りていた金はちゃんと返すから心配しなくて良いよ」
「そんな話してんじゃねェんだよ!」

突然の銀時の大声に思わず身体を震わせてしまった。一方の銀時は険しい瞳で俺を見ている。普段は死んだ魚のような瞳の彼が怒っているのだと理解した。

「高杉か?それとも神楽の事があるからか?」
「…」
「玄」

急かすように俺の名前を銀時が口にする。俺を見つめる彼の瞳が怖い。何ていえば良いのか思いつかない。俺が万事屋を出て行く理由は銀時が挙げた事で大凡合っているが、それを告げて良いのか思い止まってしまう。

「…家族に、なってくれるんだって」
「…?」
「ずっと俺が欲しかった物が手に入るんだよ」
「玄…お前…」
「だから…今までありがとね、銀時」

これで最後だ。そう思って銀時に微笑めば、それ以上銀時は追究して来なかった。きっとこれで良いんだ。神楽が天人と知った以上、俺は万事屋で今までのように生活していける自信なんてなかった。それに、俺は家族が欲しい。松陽先生が素晴らしいと表現した家族がどのような物なのか、俺は知りたい。

「…好きにしやがれ」

そう言って銀時は俺に背を向けた。きっとこれで良いんだ。彼の背から感情は読み取れなかったが、彼は俺に幻滅した事だろう。家族が欲しいという欲に囚われた俺は彼の瞳には大そう醜く映っただろう。でもそれで良い。俺の所為で銀時を困らせたくない。それで良いはずなのに、どうして俺の心臓はこんなに痛むのだろう。




「万事屋を出て行くって…本気なんですか、玄さん!」
「うん。世話になったな」

焦ったような驚いたような声色で言葉を発した新八に肯定の返事をすると、神楽が震える唇を開いた。

「…私が夜兎だからアルか?」

その声を聞いたと同時に俺は荷造りの手を止めた。そしてゆっくりの少女の方へと振り返る。

「…違うよ、神楽」
「っ、じゃあ何でヨ!どうして此処を出て行くネ!」

悲痛な表情を顔に浮かべた神楽は悲鳴をあげるように叫ぶ。こんな顔をさせるつもりじゃなかったんだ。ただ神楽が天人と解っても、普段通りに笑っていて欲しかったはずなのに。心の中で天人に対する憎しみが消えない。笑って欲しいのに、思い切り傷つけてしまいたい。

「もっと良い時給のバイトを見つけたんだ」
「バイト…?」
「うん。ただそのバイト先が隣街でね、効率を考えたら隣街に引っ越す事にしたんだよ」

勿論新しいバイトの話なんて大嘘であり、況してや引っ越しの話なんて尚更だ。釈然としない表情を浮かべながらも神楽は不安そうに俺を見つめる。銀時は何も言わない。

「……よし、」

風呂敷に自分の衣服や生活用品を一通り詰め込むと、俺はそれを背負った。そして背後を振り返る。

「新八。今までご飯作ってくれて、本当にありがとな」
「いえ、そんな…」
「お前みたいな謙虚で優しい子は好きだよ。これからも銀時と神楽をよろしくな」
「…っ、はい」

唇を噛み締めて涙を堪えている新八の頭を撫でてやると、彼は俯いてしまった。小さく肩が震えている姿を見る限り、どうやら泣いているらしい。涙を見せない所が新八らしいと俺は頭の片隅で考えた。

「神楽…」
「……っ玄」

新八から神楽へと視線を移し変えると、少女は不安そうな泣きそうな表情を浮かべて俺の名を呼んだ。

「神楽には…笑顔の方が似合ってるよ」

そんな顔をさせているのは俺の所為なのに良く言えたものだ、と内心俺は自分に嘲笑を溢した。自分の身勝手な振る舞いが神楽を困らせている事くらい理解している。それでも俺は神楽が天人という事を知ってしまった以上、俺はこれ以上この少女を傷つけない自信はなかった。ただ、神楽を傷つけたくないだけなのに。

「また、アイス買ってやるから…泣くなよ」
「……っ」

俺がそう神楽に向かって笑ってやれば、少女は小さく頷いた。きっとこれで良い。こうすればこれ以上神楽を傷つける事はないのだ。それだけは俺でも理解出来る。

「…銀時」
「玄…」

俺と銀時の間に重い沈黙が漂う。好きにしろと銀時に言われた手前、何かを言う事は躊躇われた。

「……じゃーな」

何も感情を含んでいない瞳で、銀時は俺にそう言い放った。彼の瞳が死んだ魚のような色をしている事は言わずもがなであるが、一瞬彼の瞳に拒絶の色が浮かんだのを俺は見逃さなかった。刹那の出来事であったが、それは俺の心臓に大きな痛みを残すには十分であった。幼い頃から誰よりも共に過ごし、誰よりも共に笑い合った人からの拒絶がこんなにも痛みを残すのだと初めて知った。だが誤ってはいけない。彼をそうさせたのは紛れもなく俺なのだ。

「…お世話に、なりました」

万事屋三人に深々と頭を下げると、俺は振り返る事なく歩き出した。家族を得る為にこんなに苦しい想いを抱えなくてはいけないなんて知らなかった。それでも俺は家族が欲しい。




褪せてもいいと思った
(それが手に入るなら)