俺が、テメェの家族になってやらァ
まだ晋助の声が耳の奥で響いている。彼の言葉は長年俺が渇望していた物だった。ずっと俺が夢見ていた物、何度も手に入れたいと願っていた物。それを晋助は叶えてやると言ってくれた。
明け方の街並みを俺は歩いていた。時間帯が時間帯なだけに俺以外に外を出歩いている人は見当たらない。晋助に家族になってやると言われた後、言葉を返す事を戸惑っていた俺に向かって彼は「返事はまた今度で良い」と言い放ったのだった。晋助は鬼兵隊の総監であり、過激派攘夷志士でもある。彼と家族になるには、俺は多くのものを捨てないといけないのであろう。
「……ただいま」
不思議な事に、万事屋の玄関に鍵はかかっていなかった。そんな事を考えつつも俺は居間へと進む。其処で目にしたものは、ソファーに腰かけたまま意識を夢の中に飛ばしている銀時と神楽と新八の姿だった。
どうして新八は家に帰っていないのだろうか、どうして神楽は普段彼女が眠っているはずの押し入れで眠っていないのだろうか、どうして銀時は彼等を帰さなかったのだろうか。
そんな疑問が浮かんでは消え、俺は唐突に泣きたくなった。その疑問に対しての答えなんて俺自身が解っているはずなのに。滲む視界には気づかないふりをして、俺は彼等の自室から布団を持ち運ぶ。新八の分は客間の布団になってしまったが、各々の身体に俺はそれを被せた。
「…ん…玄、?」
銀時が小さく唸ったかと思うと、ゆっくりと彼は目を開いた。半開きの銀時の瞳に俺が映る。その数秒後、勢い良く銀時が俺の右手首を掴んだ。突然の事に俺はただ驚くばかりである。
「あ…悪ィ、玄」 「あ、うん」
再びその数秒後、我に返ったように銀時は掴んでいた俺の手首を離す。それと同時に先程の銀時の行動が無意識的だった事を理解した。俺と銀時の間には沈黙のみが流れている。そして俺達の直ぐ傍には未だに夢の中に意識を飛ばしている神楽と新八の姿。
「あー…銀時、外行かね?」
二人が静かに寝息を立てているこの場で言葉を交わす事は憚られた。俺の言葉に一つ頷いた銀時は俺の後に続いて玄関から出て行った。
「昨日…連絡もなしで、ごめん」
開口一番に俺が放った言葉は銀時を驚かせるには十分だったらしい。先程から俺の後に続いて歩いていた銀時の足音が突然聞こえなくなった事を不思議に思い、俺が振り返ると銀時は足を止めてただ俺を見ていた。
「銀時?」 「…っんとに何でテメーは」
がしがしと頭を掻き回しながら銀時は俺へと近付く。街中では新聞配達のバイクが走り始めているが、それでもまだ周囲に人は少ない。
「謝るのは俺の方だろ」 「…なんで銀時が謝るの?」 「黙ってただろ、玄に神楽の事」 「ああ…良いんだよ、銀時にも考えがあったんだろ。それくらい俺にも解ってるからさ」
くるり、と銀時に背を向けて明るく言葉を呟けばそれ以上銀時は何も言わなかった。俺に呆れているのか怒っているのか解らないが、何も知らない振りをして俺は再び足を動かす。
「なあ…玄、」 「んー?」 「…高杉に会ったか?」
『高杉』という名前が俺の耳に届いたと同時に、反射的に銀時の方へと振り返ってしまった。晋助と再会したからと言って、何も悪い事なんてないはずなのに、どうして俺の心臓はこんなにも速く脈打っているのだろうか。
「な、んで」 「玄からアイツの煙管の匂いがしたから…もしかしたらって思ってた」
こんなにも俺の心臓が大きく鳴り響いているのは、俺が晋助と会った事を銀時に知られたくないと一瞬でも思ってしまったのは、きっと自分でも解っていたからだと思う。晋助は俺の家族になってやると言ってくれたが、その手を取るとなれば俺は銀時達から離れて行かないと駄目なのだという事に。
「…銀時には敵わないなあ」
困ったように笑って誤魔化すが銀時は表情を固くしたままである。
「なあ銀時…俺、万事屋から出て行こうと思ってる」
未だに俺はこの時の銀時の表情を忘れられない。
分かれた空を繋げる手だて (そんなもの、あるのだろうか)
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