顔に何か冷たいものが当てられた感覚によって俺は目を覚ました。うっすらと瞼を開くと、見知らぬ天井と左目を包帯で覆っている男の姿が視界に入った。上半身が異様に肌寒くて、ゆっくりと頭を起こして確認すると、なんと俺は上半身裸だったのだ。そして俺に覆い被さるようにして俺の身体を跨いでいる晋助の姿。
「…晋助にそっちの趣味があったなんて…お母さんは悲しい!」 「五月蝿ェよ馬鹿」
俺が突然発した声を耳障りだと言うように、晋助は苛立ったように顔を顰めた。そして彼は右手に持っていた布を俺の顔へと投げつける。
「痛っ…何これ、タオル?」 「起きたんなら自分でやりやがれ」
それだけを俺に伝えると、彼は俺の身体の上から退いて床に座ってしまった。晋助は馴れた手つきで懐から煙管を取り出してそれに火を付ける。紫煙の薫りが俺の鼻孔を掠めた。そして俺は先程まで顔に付着して嫌な臭いを漂わせていた天人の血液が今は既にない事に気づいた。
「…もしかして、晋助が拭いてくれたの?」 「……」
晋助からの返事はない。それを肯定の反応だと捉えて良いのかは解らなかったが、今の俺の現状と先程までの晋助の言動から判断するには十分だった。
「晋助、ありがとう」 「……」
俺の紡いだ言葉なんて聞こえていないと言うように晋助は相も変わらず口から紫煙を吐き出す。晋助からの言葉は返って来なかったが、俺は彼から投げ付けられたタオルを手にすると未だに天人の血液で汚れていた自分の上半身を拭き始めた。
「…ひっ!」
唐突に晋助の指によって脇腹を擽られ、俺は上擦った声を上げた。半ば無意識に発してしまった自分の声に羞恥を感じつつも俺は勢い良く晋助の方へと振り返る。其処にいたのは俺の咄嗟の声に対して面白可笑しいと言わんばかりの笑みを浮かべている晋助だった。
「な、何すんだよ!晋助の所為で変な声出たじゃねェか!」 「あ?お前が油断してんのが悪いんだろ」 「油断とか意味解んねーよ!」 「五月蠅ェ。…相変わらず傷だらけだな」
上半身裸の俺の身体を眺めながら晋助がそう呟いた。先程まで俺の身体に付着していた天人の血液は既に拭き終わっていた為に、部屋の電灯の光に照らされて俺の古傷は酷く目立つ。
「それ、小太郎にも言われたよ」 「ズラが?」
俺が小太郎の名前を口に出した途端に晋助の眉間に皺が寄ったような気がした。だがそれも一瞬の事で、俺が再び彼の顔を一瞥すると晋助の表情は普段と何も変わってはいなかった。
「ところで、今って何時?」 「もう夜が明ける」
俺の問い掛けに対して、間髪を入れず答えた晋助の言葉に俺は自分の耳を疑った。俺が晋助と再開した時は夕方近くだったはずだ。なのにもう夜が明けるという事は俺は何時間意識を失っていたのだろうか。
「…俺、帰る」
近くに投げ置かれていた俺の衣服を掴むと、俺は晋助の隣を抜けて部屋を出ようとした。が、それを阻止するかのように晋助は俺の腕を掴んでいる。
「ちょ、晋助…離し、」 「離さねェ。…ずっとこの時を待ってたんだ」 「?何……っう、わ!」
勢い良く晋助に腕を引かれて、俺はぐらりと体勢を崩す。突然の出来事だった所為で、俺は受け身を取る事すら叶わず無様に床に叩き付けられた。背中に感じる痛みに顔を歪めていると、何時の間にか晋助が俺に覆い被さっていた。
「おいコラ晋助…何してんだ」 「見て解んねェのか」
いやいやいや。俺の目から見たら晋助が何をしようとしているのかは大体分かるけれども。だがそれは相手が女の子だからこそ出来る行為なわけで。そもそも俺は男だし、晋助も男である事は解り切っている。
「此処には邪魔する奴も銀時もいねェんだ。いっつも玄を守ってた銀時はよォ」 「しんす、…んっ」
俺が彼の名前を紡ぐよりも先に、俺の口は晋助の唇によって塞がれていた。急な事に驚いて目を見張るが其処には晋助の顔が至近距離であるだけである。そうしている内に俺の唇を割って晋助の舌が俺の咥内ほと入り込んで来た。
「ん、んんっ…や、め…っ」
身体を捩じってなんとか彼から逃げようとするが、如何せん俺の身体は上から晋助に押さえ付けられている所為で腕一本満足に動かす事が出来なかった。俺の身長は晋助と同じくらいであるが、こうも上から力を加えられていては圧倒的に俺の方が不利である。
「っ…ふ、…」
上手く呼吸が出来なくて、頭がくらくらする。いや、酸欠だけの所為ではなかった。コイツ、凄く上手いのだ。何がって、キスのテクニックが。
「…んんっ……や、」
晋助は舌先だけでも逃げようとする俺の舌をいとも簡単に絡め取ると、ゆっくりと吸い上げた。ざらりとした晋助の舌の感触に皮膚が一瞬にして粟立つ。そのまま俺の歯茎に沿って舌を這わされて、身体から力が抜けていくのが自分でも解った。
キスなんて何度もしてきたはずなのに、何故か晋助とのキスは何処かが違うような気がした。それは今までの相手が女性だった事に対して、晋助が男だからなのだろうか。それとも何か他の理由があるとでも言うのだろうか。ただ不思議な事に、相手が男だからと言う嫌悪感は感じられなかったのだ。
「っは、…はぁ…」 「…顔真っ赤」 「う、五月蝿ェ!馬鹿杉!」 「馬鹿はテメェだ。何にも気づいちゃいねェ…昔っから」 「…晋助?」
晋助が触れている手首が酷く熱い。俺を見下ろす彼の瞳が熱を孕んで俺を映していた。ああ、喰われるかもしれない、なんて頭の片隅で考えながらも、俺は晋助の瞳から目が離せなかった。
燃える空に溶かされて
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