空が青いという不都合 | ナノ








「随分と久しぶりじゃねェか」

紫煙を吐き出しながらも男は言葉を紡いだ。降り出した雨は次第に強く俺の頬を打ち付ける。裏路地の寂れた建物の影には、確かに過激派攘夷志士と指名手配されている高杉晋助が其処にいた。

「…なんで…晋助が、いるの」
「あ?それはこっちの台詞だ」

お互いにその場を動かず言葉を交わす。俺の頭上には鉛色の空が広がっているが、一方の晋助の頭上には建物の屋根があり、それが彼を降り注ぐ雨から守っていた。俺の衣服は段々と水分を吸収して自分の身体を冷やす。

「大層派手にやったなァ」

俺の足元に転がっている醜い死骸を一瞥した晋助が面白そうに笑みを漏らした。派手な女物の着物を身に纏った彼は煙管に口を付ける。そんな晋助の行動をぼんやりと眺めながらも、雨は俺の身体に付着していた天人の体液を流していた。

「玄」
「…何?」
「憎いか?」

何が憎いのか、それを晋助は言わなかった。だが俺には彼の言わんとしている事くらい理解している。

「…憎いよ。昔も、今も」

そう言葉を呟いて、俺はこの星に戻って来るべきではなかったのだと理解した。一体俺は何の為に地球に帰って来たのだろうか。昔の仲間であった銀時達に謝罪の言葉を述べる事が当初の目的だったはずなのに、今では天人を殺す為にこの星に戻って来たみたいだった。天人の体液に濡れた俺の衣服が、それを顕著に表していた。

「…帰らなきゃ」
「あ?」
「銀時が、心配してる」

散歩に行ってくる、と銀時に向かって一方的に言葉を放ち万事屋を後にして何時間が経っただろうか。太陽はその姿を厚い雲に隠してしまっているが、俺の体内時計が正しければ時刻は既に夕方だ。

「俺が黙ってお前を帰すとでも思ってんのか?」
「がっ…!」

ゆっくりと俺へ近づいて来た晋助をぼんやりと眺めていた俺の鳩尾に、彼の右拳が勢いよく入った。突然の痛みに顔を歪ませながらも、晋助は尚も俺に向かって言葉を紡ぐ。

「漸くお前を手に入れる機会を得たんだ。それをみすみす逃すなんて事はあるめェ」
「…し、…すけ…?」

頭上から聞こえる晋助の声が何処か悲しそうだったのは、俺の気の所為だったのだろうか。崩れかかる自分の身体を晋助に支えてもらいながらも、俺は意識を飛ばした。




季節は懐かしみだけを捨てて


坂田銀時は大いに困り果てていた。彼の眼前のソファーには固い表情をして口を一文字にしている志村新八と神楽がいる。壁に掛けてある時計の針は既に午前零時半を示していた。

「おいコラ、何時までそうしてんだ」
「…」
「玄だって餓鬼じゃねェんだ。そのうち帰って来るっつってんだろ」

相も変わらず返事のない子供二人に銀時は無意識の内に溜め息を吐き出していた。銀時も最初は散歩に出たまま万事屋に戻って来ない玄を心配していたのだが、今では玄が暫くは万事屋に戻って来ない事を何となくだが感じ取っていた。

「…銀ちゃん、私…玄に嫌われたアルか?」
「んなもん、玄に直接聞かねェと解んねーだろ」

不安の色を瞳に映して自分を見上げた神楽は今にも泣き出してしまいそうだった。

「…本当に…僕、なんであんな事ぺらぺら言っちゃったんだろう」
「新八が悪いんじゃねェっつーの。…お前等は悪くねェんだよ」

そうだ、こうなってしまったは新八と神楽の所為ではない。最初に自分が玄に対して本当の事を告げていればこんな事態にはならなかったのかもしれない、と銀時は考えざるを得なかった。

「…早く帰って来やがれ、馬鹿」

今の銀時は何よりも誰よりも玄の顔が見たかった。離せと怒られても良い。それでも今は玄を抱き締めて彼の存在を感じていたいと強く望んでいた。蒸し暑く日射しの強い夏が、終わろうとしていた。