空が青いという不都合 | ナノ








「玄子!ご指名だよ!」
「はーい!」

今日もかまっ娘倶楽部は繁盛している。そう言うとこの街にはそういう趣味の輩ばかりだと聞こえるが、この店を訪れる客の殆んどは所謂怖いもの見たさだ。中には本当にそういう趣味を持った客もいるのだが。

「玄子でーす」
「思ってたよりも可愛いね…本当に男?」

男なのに可愛いなんて言われても嬉しくねェよ、という言葉はなんとか喉の奥に押し込めた。客の言葉に笑顔で言葉を返す事も今では馴れたものだ。当初は小太郎に助けてもらう事も多かったが今ではなんとか俺一人で接客が出来るようになった。

「ありがとうございましたー!」

担当していた客を店の外まで見送ると、俺は息を一つ吐き出した。やはり働くという事は疲れるな、なんて考えつつも俺は再び店の中へ戻る。俺の借金は既に半分を返し終えていた。それもこれもかまっ娘倶楽部の時給が良いお蔭なのだが。残りはあと半分なのだから頑張らなくては。そう意気込んで俺は今日も女装をして働く。




「玄子、今月の給料だよ」
「わ、西郷さん。ありがとうございます」

西郷さんから手渡された給料袋には普段よりも少しだけ多い金額が入っていた。働いていた時間帯や日数は先月と全く同じはずなのに、どうして先月分の給料よりも多いのだろうか。俺がその疑問を口にすると西郷さんは大きく笑って言葉を発した。

「あんたのお蔭で助かってんだ。そのお礼だよ」

やっぱり此処で働けて良かった、なんて思った。給料が良い事もあるが、経営者が西郷さんみたいな優しい人だからだ。この星に戻って来て数ヵ月は経つが、この街の人間は温かい。




「あ、小太郎」
「…何だ」

控え室に戻ると小太郎が既に帰ろうとして手荷物を纏めている最中だった。今の彼は化粧も女物の着物も召していない、攘夷志士としての桂小太郎の姿である。

「なぁ、小太郎。着物脱ぐの手伝ってくれよ」
「何故俺が…自分で脱げば良かろう」
「だって自分ですると着物が皺だらけになるんだもんよ。そしたら小太郎が怒るじゃねェか」
「当たり前だ。借り物なのだから粗末に扱ってはなるまい」
「明日の小太郎が怒らない為にも手伝ってくれよ」

仕方のない奴だ、と溜め息交じりに小太郎が呟いて俺の背後に回ると帯を解き始めた。俺が頼み事をすると、最終的には渋々引き受けてくれる小太郎は幼い頃から何も変わってはいなかった。

「…相変わらず古傷だらけだな」

俺の上半身を見て小太郎が独り言のように呟いた。いくら俺が女物の衣服を着ると言っても、ちゃんと下着は身に付けているし言わずもがなそれは男物である。

「んだよ、小太郎にだって古傷の一つや二つくらいあるだろ?」
「お前程ではない。あれほど処置をしろと俺が言っていたのに、それを疎かにするから痕が残るのだ」
「…処置って苦手」
「それにお前は人一倍怪我が多かったからな」
「何それ、俺が弱いって事か?」
「そうは言っておらぬ。ただ玄の場合は注意力が足りていないだけだ、昔からな」

俺から脱がせた着物の端を綺麗に整えながら小太郎はそう言い放った。一方の俺は鏡に写る自分の上半身を眺めている。こうして小太郎と衣装部屋を共に使っているとお互いの裸を目にする機会は多いが、彼の身体にも多少の古傷はあるものの俺と比べると数は格段に少ない。

「もう一回、鍛え直そうかな…」
「ならば我等と共に国を「攘夷ならしねーよ」

そう、国を変える為の戦なら俺はしないと決めたのだ。国を変えたってこの星に蔓延っている全ての天人を追い出すなんて出来はしないのだから。

「玄。変な気は起こすなよ」
「?何を言ってんだか解んないんだけど」
「いや、解らぬならそのままで良いのだ。気にするな」
「…変な小太郎」




悪い考えが頭をよぎる前に
(俺の感情を奪ってよ)