空が青いという不都合 | ナノ








歌舞伎町の裏路地に首が飛ばされた天人の死体二つが発見された事は瞬く間に世間に広まった。あれから数日経った今でもテレビから流れるそのニュースをぼんやりと俺は眺めている。犯人は未だに見つからずというフリップを見る限りでは、あの時出会った攘夷浪士達はあの場から上手く逃げたみたいであった。

「最近物騒な事件が多いですね」
「ソーデスネ」

新八の呟きに対して銀時が言葉を返したが、明らかに何かを隠している事が解る。幸いにも新八はそれに気づく事なくテーブルの上に人数分のお茶を並べていた。世間を騒がせているこの事件の犯人が俺であるという事を新八は知らない。

「あれ?神楽ちゃんは?」
「あァ…いいよ、新八。俺が呼んで来るから」
「あ、すみません、玄さん」

ゆっくりと腰かけていたソファーから立ち上がると、俺は少女がいるであろう部屋へ向かって足を進める。あの事件以来、神楽は俺が普通に何事もなかったかのように接する事に躊躇いを隠せていないみたいである。別に俺としては天人を二体殺しただけで精神を病むような人間ではないのだ。過去にだって数えきれない程の奴等を斬ってきた。今更その数が二つ増えただけで特に問題はなかった。

「神楽。新八がお茶にしようって」
「玄…」

俺を視界に入れた少女の瞳が一瞬恐怖の色に染まった事を俺は見逃さなかった。部屋の床に座り込んでいる神楽へと近づくと、少女の傍にいた定春は銀時達のいる部屋の方へと行ってしまった。

「俺が怖い?」

神楽と目線を合わせるようにして屈み込むと俺は静かにそう尋ねた。一度だけ眉を下げた神楽は小さく頷く。やっぱりか、と俺は内心で小さく溜め息を吐き出した。天人の首を目の前で斬り落とした事が、ここまでこの少女に精神的傷を与えるなんてあの時の俺は思っていなかったのだ。

「そっか…ごめんな。怖いもん見せて、悪かった」

未だに俯いている眼前の少女に手を伸ばそうとして止めた。普段ならば頭を撫でて謝罪の言葉を紡ぐのだが、流石に今回の神楽にそんな事は出来なかった。俺の振舞いが平生と違う事に神楽も気付いたらしく、戸惑ったように少女は俺を見つめる。これ以上神楽の元にいても彼女を困らせるだけだろうと考えた俺はゆっくりと神楽を驚かさないように立ち上がった。

「っ玄、」
「!」

くい、と神楽に袴の裾を掴まれていた。突然の神楽の行動に驚きつつも、俺は再び屈み込んで少女と目線を合わせる。

「もう大丈夫ネ…怖くないアル」
「…無理すんなって、な?」

俺がそう言葉を紡ぐと神楽はふるふると頭を横に振った。少女の鮮やかな髪色が空気中に舞って思わず視線を奪われる。そんな俺に向かって神楽は尚も言葉を発した。

「私、ちゃんと玄は守りたいものを守った優しい人だって解ってるヨ、だからもう怖くないネ。玄は普段の玄みたいにヘラヘラしてるヨロシ」
「…いつもヘラヘラしてるって酷くね?」
「ありのままを言っただけアル」

俺が小さく笑みを溢すと、神楽も同じように笑い返してくれた。ああ、久々に神楽が笑ってくれたような気がする、なんて多少大袈裟な事を考えつつも俺は素直に嬉しかった。俺自身は後悔していないと言えど、天人の首を跳ね飛ばしたにも関わらず、相変わらず俺に笑いかけてくれる神楽の優しさが嬉しかった。そんな少女を俺は何処か銀時に似ているなと胸中で感じた。




「待たれよ」

散歩に行って来る、と銀時に告げて万事屋から出て来て半時くらいが経った頃だったろうか。人の行き来の多い大通りに面した甘味屋の椅子に俺は座っていた。そこでぼんやりと流れる人の群れを眺めて、さて万事屋に帰ろうと腰を上げた丁度その時、背後から声をかけられて俺は再びその場所に腰を下ろす事となったのだった。

「あァ…あの時の、」

自然な動作で俺が背後を振り返ると、其処には先日出会ったばかりの攘夷浪士達の中にいた男だった。どうやら一人の様子である。流石に人通りの多い場所だからであろうか、男は顔を隠すように被り笠を深々と被っていた。腰に刀は差されていない。

「今日は斬りかからないんだね」

俺がそう冗談混じりに言うと、男は申し訳なさそうに眉を下げた。被り笠の下から覗く男の顔は穏やかで。とても攘夷浪士のは見えなかった。刀を差していたら別だったのかもしれないが。

「…先日は申し訳ない事をした」
「あァ、気にしないで良いよ」
「仲間からお主が俺達を天人から助けてくれたと聞いた。恩に着る」

そう言葉を紡ぐと、男は俺に向かって頭を深々と下げた。突然の男の行動に俺は戸惑いつつも平常を装う。現在の光景は傍から見れば大そう奇妙なものだったが、周囲の人々は皆自分の事にしか興味がない様子で。誰も俺と男に目線を向ける者はいなかった。

「ちょっ…そんな大袈裟な」
「いや、礼を述べるのが遅くなってしまい申し訳ない」

そう言うと男は再び俺に向かって頭を下げた。ここまで感謝と謝罪の言葉を紡がれると変にむず痒い。そんな俺の心情を知るはずもない男は尚も言葉を発する。

「我等はこの国を変えるまで死ねないのだ。大事を成さずして死ぬなど悔やんでも悔やみきれぬ」

似てるな、なんて俺は半ば反射的に思った。この男は昔の俺達に似ている。昔の俺達は天人をこの星から追い出そうと決め込んで戦ったものだった。「俺達」の多くはそんな意志を持ったまま死んでしまったのだが。

「そういえば…俺達の事を黙っててくれてありがとう」
「それしきの事くらい容易い」
「お蔭で助かったよ」
「命を助けて頂いた恩には到底及ばぬがな」

恩だ縁だと言うのはこの国の人間の性分なのであろうか。そんな事を考えていると、躊躇いがちに男がゆっくりと口を開いた。

「もし良かったら…お主も我等と共にこの国を変えぬか」
「…最近の攘夷浪士ってのは勧誘もやってるのか?」
「こんな例は稀だ。…躊躇いもなく奴等の首を斬り落としたお主の事だ、お主も奴等に言いなりのこの国を変えたいと思っているのではないのか?」
「…生憎今の俺は金を稼ぐ事にしか興味ねェよ」

悪いな、と告げて椅子から立ち上がると男は残念そうに小さく言葉を溢した。

「そうか…。だがその気になったら何時でも言ってくれ。あの場所付近に俺達の隠れ家がある」
「あの場所って…事件現場のすぐ近くじゃねェか」
「騒ぎが収まるまで派手な事は起こさぬ。それに警察に捕まってもお主の事に関しては決して口を割らないつもりだ、安心してくれ」
「…悪いな、ありがとう」
「気にする事はない。お主には借りがあるのだ」
「…また縁があったら会おう」

そう男に告げて俺は今度こそ甘味屋から立ち去った。振り返る事はしない。『お主も奴等に言いなりのこの国を変えたいと思っているのではないのか?』先程の男の言葉が俺の頭の中をぐるぐると回る。違うんだ、俺はこの国を変えたいなんて思ってはいない。俺が願っているのは、昔と何一つ変わらない。先生を奪ったこの国は勿論憎い。憎いけれど、俺はその原因となった天人がずっと憎い。願うのは一つだけ。奴等をこの星から追い出す事だけ。




行き場を失った狂気のさなか
(どうしようもなく憎いんだ)