空が青いという不都合 | ナノ








それは特に日差しが強く暑い日の出来事だった。じりじりという音が聞こえそうなくらいの強い日差しは容赦なく外の空気の温度を上げている。

「あーつーいー」
「五月蝿ェぞ、玄。そう言ったら余計に暑くなるだろーが」

我慢しろ、我慢、とソファーに横になりながら俺に言葉を放った本人の額からは汗が流れ出ていた。どうやら彼も暑いらしい。この気温なら尤もだけど、なんて思いつつも俺は一番疑問に思っていた事を口にした。

「てかさー」
「んァ?」
「何で万事屋にはクーラーという物がないわけ?」
「そんな文明の利器が此処にあると思ってんのか」
「………ですよねー」

はあ、と俺は溜め息を吐き出した。テレビの前の床には神楽が俯せに臥せっている。それは犬が自身の体温を逃がす為に行う方法と似ている、と感じた事は神楽には内緒である。

「銀ちゃんー…暑いヨ、溶けちゃうネ」
「暑いねー、銀さんも溶けちゃいそうだよー」
「…よし!神楽、アイス買いに行こう」
「本当アルか!?きゃっほォォォい!」
「ちょっ、玄!俺には!?銀さんにはねーの!?」

アイスという俺の発した単語を耳にした神楽は、勢いよく床から飛び起きた。先日貰った給料袋の中から千円札一枚を取り出すと、それを懐に仕舞い込む。銀時が何かを叫んでいたけれど俺は聞こえないふりをして新八に声をかけた。

「新八は?アイス何が良い?」
「え、いや、僕はいいですよ」
「遠慮すんなって。子供は甘えとけば良いんだよ」
「じゃあ…ゴリゴリ君で」
「りょーかい」

すみません、と眉を八の字に下げた新八の頭を乱雑に撫でてやると少年は驚いたように目を丸くさせた。俺に気を使って安いアイスを選ぶ辺りが彼らしい、なんて考えながらも俺は玄関へと向かう。

「神楽、準備出来たか?」
「ばっちりネ!」

片手に大きな傘を握りしめた少女が嬉しそうに俺に向かって笑った。雨など降っていないのに傘を持つ事の必要性は何なんだろう、なんて考えていると背後から恨めしそうな声が聞こえた。

「玄…銀さんには聞かないの?」
「何が?」
「…だから、アイス」
「アイスが何?」
「……もういい」

ぐすん、なんて鼻を鳴らした銀時に思わず笑みが溢れる。銀時、と彼の名前を呼んでやるとじとりとした瞳で銀時が俺に振り返った。

「イチゴ牛乳も買ってやるから拗ねんなよ」
「玄くん大好きィィィ!」
「はいはい」

銀時のオーバーなリアクションに苦笑を漏らすと、俺と神楽は近くのスーパーに向かって万事屋を後にした。




「ありがとうございましたー」

そんな店員の声を聞きながら店を出ると、むわりとした熱気と湿気が俺達の身体を包んだ。再び冷房の効いた店内に戻りたくなる気持ちを抑えると神楽と共に万事屋への道のりを進み始める。

「神楽、先に食べちゃおっか」
「溶けちゃいけないし、そうするネ」

行儀が悪いかもしれないが、俺と神楽は片手にアイスを持ったまま大通りを歩く。口内を冷やしてくれるアイスに思わず口元が緩んでしまう。どうやらそれは隣を歩いている神楽も同じらしい。

「新八と銀ちゃんのアイスが溶けちゃいけないから近道するアル!」
「えっ…俺、近道とか知らないんだけど」
「私知ってるヨ!こっちネ」

ぐいぐいと俺の手を引いて神楽は大通りから裏路地へと入り込んでしまった。右手には傘、左手には俺の手、口にはアイスと何とも神楽の格好は端から見ると些か不思議である。

「こんなとこ…通って大丈夫なの?」

大通りとは違って、裏路地には人気が殆んどなかった。ひっそりと静まり返った其処は酷く不気味である。建物の影のお蔭で若干涼しいが何だか嫌な予感がした。

「……」
「……」
「……」
「……こ、こんにちは?」

ばったりと出くわしてしまった攘夷浪士に俺は酷く間抜けな言葉を放ってしまった。しん、と俺達の間に沈黙が流れる。計六人の攘夷浪士達は密会を行っていたらしく、彼らの手には機密書類の類いが握られていた。

「…っ見られた!殺せ!」

リーダー格の男がそう物騒な言葉を叫ぶと、一瞬遅れて他の男達が刀を抜いて俺と神楽に向かって斬りかかって来た。素早く神楽が握っていた俺の手を離すと、振りかざされた刀を間一髪で避ける。

「あっ…!」
「神楽!」

片手に持っていたスーパーの袋に気を取られて、神楽は攘夷浪士の刀を避けるタイミングを間違えてしまったらしい。恐らく中に入っていた二人分のアイスの事を一瞬でも考えたのであろう、と頭の中で解釈する。かしゃん、と遠くに飛ばされた神楽の傘が音をたてて地面に落ちた。

「…っ、…」
「おい!」

ふらり、と神楽の身体が揺れて、そのまま地面に崩れ落ちた。横目で彼女を一瞥するも、刀が当たったというわけではなさそうだった。ならば何故だ?、なんて考える隙もなく俺は神楽を背中に隠すようにして立ち憚る。

「…ちょっとやばくね?」

後ろには少女、前には刀を持った攘夷浪士が六人。しかも俺達を処分する気満々の様子である。一方の俺は刀なんて持っちゃいねェ、完全なる丸腰だ。はてさて、一体どうしよう、と俺は頭の片隅で考えた。




どうも幸せではいられないらしい
(居場所なんて最初から決まってた)