「ねー、銀時ィ。前から思ってたんだけどさァ、」 「んァ?」 「捕まらないの?それ、」
俺が目線だけで示した先には、銀時の腰にある木刀。確か今では昔と違って廃刀令という帯刀禁止令が幕府から出されていると俺は陸奥さんから聞いていたのだ。それなのに、さも身体の一部であるように木刀を腰に提げている銀時の姿は周囲から見れば些か不思議だった。
「いーんだよ、これくらい。木刀だし」 「幕府に目ェつけられても知らねーぞ」 「玄さん、銀さんならもう遅いですよ」
俺と銀時の会話に割って入ったのは新八だった。ソファーに腰かけていた俺達の目の前の机に、少年はお茶を差し出して並べた。それに礼を言いつつも俺は先程の言葉の詳細を新八に尋ねる。
「もう遅いって?どういう事?」 「色々と目をつけられてるんですよ、銀さん」 「はァ?銀時、お前何したんだよ」 「知らねーよ」
その話題に興味がなさそうに銀時は、ぱらぱらと週刊誌のページを捲りながらそう言葉を呟いた。最近知った事だが、銀時がいつも読んでいる週刊誌はジャンプという名前らしい。聞けば少年くらいの年代が見るような週刊誌であるらしいが、銀時は第三者から見ても解るように少年という年齢ではない。
「『幕府に』ってよりは『幕府の機関に』ですけど」 「銀時…本当に何したのお前」 「平気だっつーの。玄の心配するような事は何もしてねェから。大体、新八アレだろ、幕府の機関ってよりただの税金泥棒だろアレ」
税金泥棒、という銀時の言葉に俺はますます頭を悩ませるしかなかった。税金泥棒に目をつけられるってどういう事だよ。てか税金泥棒って何?税金泥棒が幕府の機関ってどうなってんの。俺が地球にいなかった数年の間に江戸に何があったんだ。そう考える事しか俺は出来なかった。
「銀時。とりあえず、危険な事にはなってないんだな?」 「ねーよ。てか何だお前は。俺の母ちゃんか」 「良いか、銀時。何かあったらお巡りさんに助けを求めるんだぞ」 「心配しすぎだろ、俺は餓鬼ですかコノヤロー。てかそのお巡りさんが税金泥棒なんだから助けを求めるも糞もねェだろ」 「馬鹿銀時。お巡りさんはなァ、日々俺達を危険から守ってくれてんだよ、馬鹿にしちゃいけねェんだよ」 「だーかーらっ、それが税金泥棒なんだっつーの!公務員なんてあれじゃねーか、俺達から税金取れるだけ取ってる奴等じゃねーか」 「…お前税金払ってねーだろ」 「払ってますー!消費税という名の税金払ってますー!毎週ジャンプを買う時に払ってるんですゥゥゥ!」
子供の言い争いのような俺と銀時の会話に新八がやれやれと言った表情で溜め息を吐き出した。銀時の話を聞く限りでは、俺が思っていた程の事態ではないらしい。てっきり攘夷戦争の時に活躍した白夜叉が銀時だと幕府に知られてしまったのかと俺は思っていたのだが、どうやら違ったようである。その事実に俺は小さく安堵の溜め息を吐き出す。
「おいコラ、人の顔見て溜め息吐いてんじゃねーよ」 「…銀時、あんまり目立った行動をするなよ」 「だからお前は俺の母ちゃんかっての」 「っ、俺は本気で…!」
突然声を荒げた俺を、驚いた瞳で銀時と新八が見つめていた。やってしまった、と一瞬で我に返った俺は顔を青ざめる。
「あー…新八、お前買い出し行ってこい」 「はいはい…ついでに神楽ちゃんも連れて行きますからね」
あっという間に万事屋には俺と銀時だけ取り残されてしまった。神楽は突然の買い出しに不満そうな面倒そうな表情をしていたが、銀時から手渡された酢昆布一箱分の小遣いに笑顔になって新八の買い出しへと着いて行った。ぱたん、と銀時が先程まで開いていた週刊紙が彼の手によって閉じられる。
「…んだよ、玄が怒鳴るなんて珍しいじゃねェか」 「…別に…怒鳴ってなんかねーよ」 「……」 「……」
俺と銀時の間に重苦しい沈黙が流れる。新八と神楽のいない万事屋は酷く静かだった。銀時が困ったように溜め息を吐き出して、平生のように頭を掻き回す。
「玄。どうせお前、俺の心配でもしてたんだろ」 「……」
素直にイエスと答える事はなんだか決まりが悪くて、沈黙は俺なりの肯定の返事だった。今でも天人を追い出そうとして倒幕を試みる攘夷運動が盛んである旨を聞いた時、正直俺は嬉しかった。だが彼等が処罰されているという事実を耳にした時、俺はどうしようもなく怖くなったのだ。
「…小太郎と晋助は今でも攘夷活動をしてるし、辰馬と銀時は過去に攘夷戦争に参加してた」 「玄、お前何処で高杉の事…」 「…小太郎の手配書の隣に晋助のも貼ってあったから」 「……そうか」 「俺、…怖いんだよ」
何が、と銀時は聞かなかった。大方俺の言いたい事は解っているらしい。
「俺は…みんなを失う事が怖い…!」 「っ玄」
そ、と銀時が俺を抱き寄せた。突然の出来事に思考回路が停止してしまった俺の背中に銀時の両腕が回される。同じような年齢のくせに、彼の背中は俺よりも広かった。
「何もお前が心配する事はねーよ。寧ろ今は攘夷運動に参加してねェんだ、捕まるも何もねーって」 「っでも…もしも…」 「だから心配しすぎだっつーの」 「ふがっ」
銀時が唐突に俺の鼻を摘んだ所為で俺は情けない声をあげてしまった。離せよ、と抗議の言葉を発すると銀時は俺に向かって意地悪そうな笑みを浮かべた。
「つーか俺の心配するくらいなら自分の心配をするんだな」 「てか鼻離せって!」 「えー?銀さん聞こえなーい」 「鼻がもげるから離せって言ってんだろーがァァァ!」 「ぎゃあぁぁあ!銀さんの銀さんがァァァ!」
俺に股間を蹴り上げられて悶絶する銀時を、俺は痛む鼻を擦りながら冷めた目で見下ろした。
哀れと言うにはあまりにも
「玄くん酷い…」 「五月蝿ェよ馬鹿」
めそめそと泣き真似をする銀時に俺は背を向けた。そうでもしないと薄く熱を持つ頬を彼に隠せそうにもなかったのだ。男が男に抱き締められて照れるなんて気持ち悪い、と内心で悪態を吐き出す。だが銀時の広い胸に抱き寄せられて何処か安心していた自分がいた。
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