「玄さん…玄さんってば」 「…ん、…んー…」 「いい加減に起きてください」 「…あと、三十分…」 「まったく…もう十時過ぎてますよ。またバイト遅かったんですか?」 「……んー」
二度寝はしないでくださいね、と俺に告げて新八は部屋から出て行った。少年の言う通り、昨日もバイトが終わる時間帯が遅かったのだ。バイトと言ってもオカマバーであるかまっ娘倶楽部なのだが。
「…んんっ」
ぐ、と伸びをすると布団から身体をゆっくりと起こした。新八の言う通り、太陽は既に空高く昇っている。とは言え昨晩バイトから帰ってきたのは深夜過ぎだったのだ。これくらいの寝坊は許して欲しい所である。こんな感じで俺の一日は始まる。
「玄子、アンタに紹介したい子がいるんだけど」 「あ、西郷さん。今晩は」
かまっ娘倶楽部の衣装部屋に入って準備をしていると、西郷さんが一人の人を連れて俺を訪ねて来た。既に着付けは小太郎にしてもらっており、自分で化粧も済ませていた俺は返事二つで西郷さんの連れて来た人に会う事を了承したのだった。
「初めまして、パー子で〜っす」 「……」
何処かで見たような気がする、それが俺がパー子さんに抱いた第一印象であった。西郷さん曰く、パー子さんは金に困った時だけこうしてかまっ娘倶楽部で働いているらしい。
「……あの、間違ってたら大変申し訳ないんですけど」 「?」 「……銀時?」 「…え、なんで知ってんの?」
会った事あるっけ?、と本気で俺に尋ねる銀時に向かって俺は大きく溜め息を吐き出した。女装をしている上に化粧もしているとは言え、同じ屋根の下で過ごしている人間の事がこうも解らないものなのだろうか。
「俺だよ、銀時…久坂玄だよ」 「………玄?まじで?」
俺の爪先から頭まで凝視する銀時の視線に居心地の悪さを感じる。そういえばこれくらいの身長だったような、等と呟く銀時に俺は笑いを溢した。
「いやー、銀さんびっくりだわ。まさか玄がこんな所で働いてるなんて」 「…びっくりしたのは俺の方だよ」 「しっかし玄お前…似合ってんなァ」
にやにやと馬鹿にしたような笑みを漏らしながら銀時が俺を眺める。化粧をして、女物の着物、髪の毛は銀時みたいにカツラを被ってはいないものの緩く上げて簪を差している。くい、と銀時がそんな格好をしている俺の顎を軽く持ち上げた。
「そんなん見たら…俺、玄の事、襲っちまいそうだわ」
唇と唇が触れ合いそうな距離で、銀時がそう呟いた。普通の女の子なら銀時のこの行動で簡単に恋にでも落ちてしまうのだろう。ぼんやりと頭の片隅でそう考えたが、周知の事実であるように俺は女の子ではないのだ。
「…っ銀時の馬鹿!俺は男だっつーの!」 「いだだだ!玄くん、それ地毛!地毛だから!」
銀時のカツラを奪い去って、彼の銀髪を勢いよく引っ張る。痛いだの止めてくれだのと銀時が叫んでいるが、一方の俺はお構いなしである。
「俺だって良い年した大人なんだよ!女みたいだって言われて嬉しい奴なんていねーよ!」 「いだだだだだ!解った!解ったって!」 「何なら俺が銀時を女にしてやろうか!俺がお前の初めての男になってやろうか!」 「ちょっ、玄くん!そっちの趣味あったの!?銀さんショックだよ!お母さんはそんな子に育てた覚えはありません!」 「五月蝿ェよ!てか銀時も此処で働いてたのかよ!背徳感を抱いた俺が馬鹿だったわ!」 「あだだだだ!止めろって!銀さんの銀さんに何をするんだァァァ!」 「銀時の銀時なんて潰して女にしてやるわァァァ!」
アンタ達、仲が良いんだねェ、なんて西郷さんは俺達を見て豪快に笑った。
溜息の隙間に海を見る (やっぱり地球に戻って来て正解だった)
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