空が青いという不都合 | ナノ








はじめてオカマバーという店で働いて小太郎と再開したその日、万事屋に帰ったのは深夜前だった。ここまで遅くなるとは当の本人でもある俺も予想だにしていなかったのである。流石に銀時や神楽は眠っているだろうと考えていたのだが、万事屋の窓から灯りが漏れているのを見てその考えは打ち消された。

「ただいまー…」

恐る恐る玄関を開いて、そう言葉を呟いたが中から返事はなかった。もしかして電気を点けたまま眠ってしまったのだろうか、と考えながら居間へと足を運ぶと其処には銀時がいた。

「…遅かったな」
「た…ただいま…」

遅くなると電話で一報したし、何も気に病む事はないのだけれど何故か俺は銀時に対してうしろめたかった。ソファーに腰かけている銀時の手には御猪口があり、テーブルの上には徳利が置いてある。どうやら一人で酒を飲んでいたらしい。

「玄も飲むか?」

銀時が俺に向かって徳利を差し出した。かまっ娘倶楽部で酒は多少飲んだのだが、せっかく銀時が誘ってくれているのだからと俺は返事二つで彼の手から徳利を受け取った。




こうして銀時と酒をのみ交わすのは何時以来だろうか、とぼんやりと俺は考える。銀時が台所から持って来てくれた御猪口を片手に彼の顔を横目で一瞥すると、偶然銀時と目が合った。

「んだよ、そんなに俺の事を見つめちゃって」
「いや…銀時と酒を飲むのも懐かしいなって思ってた」
「そう言われたら確かにそうだよなァ。何時以来だっけ…ええっと、」
「攘夷戦争中に飲んだのが最後だよ、たぶん」

まるで独り言のようにそう呟くと、俺は御猪口に注がれていた酒を一気に飲み干した。アルコールの所為で喉が熱を持ったような感覚が酷く心地好い。

「…今日、バイト先で小太郎に会ったよ」
「ヅラ?あいつ、指名手配犯なのにバイトしてんのか」

オカマバーで女装して働いているから簡単にはバレないと思うよ、という言葉はなんとか俺の喉の奥に押し込めた。それを言ってしまうと俺も同じバイトをしていると銀時に伝えるようなものだからだ。オカマバーで働いているだなんて、なんだか情けなくて銀時には言いたくなかった。

「小太郎に…『俺達がどれだけ心配したのか解るまい』って言われた」
「そうか、アイツらしいな」

ヅラも驚いてただろ?、と酒の力もあって普段よりも上機嫌な銀時が可笑しそうに笑みを溢した。やっぱり銀時はあの頃から変わっていない。笑い方も俺の名前を呼ぶ声色も何もかも。その事実に俺は酷く安心した。

「つっても玄が急に此処に来た時は流石の俺でも驚いたわ」
「あー…うん、ごめんなさい」
「数週間前に玄から『快援隊にいます』って手紙が急に届いた時も驚いたけどよォ…お前、辰馬と何してたんだ?」
「そんな大それた事はしてないよ。ただ色んな星を回りながら辰馬と陸奥さんの商売を見学してただけ」

ふーん、と相槌を打つように銀時がそう呟いて酒を一口飲み干した。空いた彼の御猪口に俺が酒を注いでやると、彼も俺の御猪口にそれを注ぎ返してくれた。

「…戦争に負けた後さ、」
「……」
「俺、天人に支配される江戸を見たくなかった…だから無理言って辰馬の船に乗せてもらったんだ。…黙って勝手にいなくなって、本当にごめん」

今まで黙って俺の話に耳を傾けてくれていた銀時に向かって俺は頭を下げた。本来なら何か一言でも伝えてから出て行くべきだったのだ。それなのに「天人が江戸にいるのを見たくない」なんて理由で俺はそれすら伝える事なく勝手に行方を眩ませた。そんな俺に小太郎も少なからず怒っていたのだろう。

「馬鹿。それはテメェが決めて進んだ道だろーが。だったら謝るんじゃねェよ」

顔を上げろ、と銀時が俺の両頬を掴んで上を向かせた。銀時の瞳に俺が映る。相も変わらず死んだ魚のような瞳に俺は酷く安心した。何時だって俺は眼前にいるこの人間に助けられてきたのだ。

「…っ、でも俺、」
「謝るってのは自分の道が間違ってたって事だからね。玄の進んだ道は過ちだったって認めんのか?」
「っ違う…!」

俺の否定の言葉に銀時は満足そうに口元を緩めた。俺は自分の決めた道が誤りだったなんて認めたくはなかった。辰馬の船に乗せてもらって、本当に良かったと思っている。最初は地球から逃げるように乗り込んだ快援丸だったが、次第に辰馬達と共にする時間が心地好く感じられたのも事実だ。地球では学べないような事を沢山学ぶ事も出来た。

「玄、飲めよ。まだ酒はあるんだ」
「うん」

銀時に酌をしてもらいながら、俺と彼は空白だった時間を埋め合わせるように話し続けた。やっぱりこの星に戻って来て正解だった、と思う他なかった。

「……銀時、」
「んァ?」
「俺は…今でも天人が憎いよ」
「…そうか」

それ以上は聞いてこない銀時に凄く感謝した。この星に戻って来たのは銀時達に謝罪するためだった。戦争が終わって何年も経った今頃に戻って来たのは、あの時よりも地球の土を踏む天人に対して殺意を抱かないだろうと思ったから。戦争の時よりマシになったとは言え、それでも俺は、まだ天人が憎い。




最後に残るものなんてたかが知れてる
(それでも俺は奴等を許す事が出来ない)