「意気込んでみたものの…うーん」
大通りを歩いている俺はただ困っていた。働き口を探しに出て来たまでは良かったのだが、肝心の働き口が見つからないのだ。出来るだけ給料の良い働き口を探しているのだが、どうもこの条件に当てはまる所がない。あったとしても既に人手が足りていたり。
「はあ…せめて一つは見つけて帰りたいんだけどなァ」 「ちょっとアナタ」
小さく溜め息を吐き出した俺に声をかけたのは、誰がどう見ても女装している体格の良い男だった。その摩訶不思議な姿にぞわりと肌が粟立つのを感じながらも、平然を装って俺はその男に言葉を返した。
「えっと…何か?」 「アタシ、今アルバイトを探してるんだけど…良かったらアタシ達の所で働かないかしら?」
いえ、遠慮しておきます、と言葉を発しようとした俺だったが、その男が告げた時給の良さに俺は即刻頷いた。
「………」
男に連れられて来たのは所謂オカマバーという怪しげな店だった。禍々しい雰囲気を放つ店の外観を無言で見つめていた俺を不思議に思ったらしい先程の男が、どうかしたのかと尋ねるが何でもないと返しておいた。どうしよう、銀時。俺あっちの道に進んじゃうかもしれない。
「――…それじゃあ諸注意はこれくらいかしらね」 「は、はあ…」 「あとの詳しい事はあの子に聞いておくれ。ヅラ子、ちょっと!」
かまっ娘倶楽部というオカマバーの経営者である西郷さんから諸注意を受けた後、彼(彼女?)は店の奥で下準備をしていた髪の長い人を呼んだ。俺の聞き間違いでなければ知り合いにそんな名前の奴がいたはずなのだが、と不思議に思ってみるも疑問は晴れなかった。
「あら、初めまして。ヅラ子です」 「…………あの、俺の人違いだったら大変申し訳ないんですけど、」 「何かしら」 「もしかして…桂小太郎じゃないですか」 「桂じゃないヅラ子だ」
どうやら俺の疑問はただの勘違いだったらしい。そうだよな、あの小太郎がこんな禍々しい雰囲気の店で働いてるわけないよな。良かった、とヅラ子さんに隠れて胸を撫で下ろした。
「失礼な事を言ってすみませんでした。よろしくお願いしますね、ヅラ子さん」 「ヅラ子じゃない桂だ…あ」 「やっぱテメーじゃねェかァァァ!」
「…ったく!ちゃんと説明しろよ!」
現在俺はヅラ子…つまり小太郎の手によって着付けをされていた。初めて身に付ける女物の着物はとても窮屈で動きにくい。色鮮やかな帯を馴れた手つきで俺の身体に巻いていく小太郎は、化粧までしているし何処から見ても女性みたいだった。
「それは俺の台詞だ。戦が終わって急に姿を消したお前を俺達がどれだけ心配したか解るまい」 「いだっ…!小太郎、絞めすぎだってば!」
ぎゅっ、と小太郎に強く帯を閉められた所為で腹部が圧迫されて得も言われぬ不快感に襲われる。その事に対して彼に文句を伝えるも聞き入れてはもらえなかった。
「…悪いと思ってるよ」
ぽつり、と呟かれたはずの俺の言葉は衣装部屋に酷く大きく反響した。それに対して特に何か返事をする事もなく小太郎は俺の帯を結んだり髪を結ったりしている。
「…それなら今まで何処で何をしていたのかくらい話すんだな」 「小太郎…怒らない?」 「ああ」 「辰馬のとこに…いたたた!怒らないって言ったじゃん!絞まってる帯絞まってる!」 「…怒ってなどいない。手が滑っただけだ」
しれっと言い放った小太郎を睨みながらも、俺は大人しく彼に着飾らされるままである。怒ってんじゃんか、という俺の文句は喉の奥に押し止めた。
「終わったぞ」 「…うわ、なんか俺じゃねェみたい」
鏡に写っているのは紛れもなく俺のはずなのに、其処には無駄に色気のあるどちらかと言えば女性みたいな中性的な人間がいた。これがあの俺だと言うもんだから、相当小太郎の化粧の腕が良いと見た。
「元々中性的な顔立ちをしているお前だ。これくらい簡単に出来る」 「…俺が女顔って言いたいのかよ」 「早く準備をしろ、西郷殿がお待ちだ」
俺の言葉に返答をするわけでもなく、小太郎はさっさと俺を置いて部屋から出て行ってしまった。…やっぱ怒ってんだろうなァ、なんてぼんやりと考えながらも俺は小太郎の後に続いた。
その中で曖昧を守ろうとするのは (はっきりさせるのが怖いから)
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