次に目が覚めたのは夕方だった。瞼を開くと銀時の寝室ではない天井が視界に映って、俺の耳には大勢の笑い声や陽気な音楽が届いた。少し視線を動かせばソファーに横になって週刊誌を捲っている銀時が見える。どうやら俺が横になっているのもソファーらしい。
「……、」 「んァ?起きたのか?」
痛みに小さく吐息を漏らした俺に、銀時の目線が週刊誌からこちらに向けられた。背中だけではなく鳩尾や顎が痛いのは意識を失う前に神楽によって蹴られたからなのだろう。
「…痛っ」
ぐ、と身体を伸ばすとソファーの肘置きに足首と腕をぶつけた。何やってんだ、と銀時が呆れたように呟く。痛む身体に鞭打って、上体を起こして辺りを見回すも居間には銀時の姿しかない。点けっぱなしのテレビにはバラエティ番組の司会者が写っていた。
「神楽なら定春の散歩行ってんぞ」 「そう…ってあれ?」
痛む顎に手を触れると、何かが貼られている事に気づいた。布地のような化学繊維のような手触りのそれは少しだけ冷たい。
「あァ…新八が貼ってたぞ、それ」
銀時が指し示したのは俺の顎に貼られた湿布だった。どうやら神楽に蹴られて赤くなったそこを不憫に思ったらしい新八がそうしてくれたみたいだ。後で礼を言わなければ、と思う俺に銀時は口を開いた。
「神楽が真っ赤になって怒ってたんだけど何したのお前」 「…まじですか」 「ったくよォ…どうせまた女たらし発言したんだろ」 「んー…全然身に覚えがないんだけどなあ」
俺は神楽に何か問題のある発言をしたのだろうかと思い起こしてみるも、一向にそれらしき記憶はなかった。それどころか神楽にきちんと謝ったはずなのだ。ますます解らない、と俺は頭を混乱させた。
「…無自覚ってのは怖ェな、オイ」 「何が?」 「はぁ…何でもねーよ」
呆れたような言葉を紡ぎつつも、銀時は視線を俺から週刊誌に戻す。新八の居場所を尋ねると台所にいると言葉を返してくれた銀時に礼の言葉を一つ呟くと、俺はソファーから立ち上がった。
「新八?」 「あ、久坂さん。目が覚めたんですか?」
少年の問いかけに肯定の言葉を返すと、俺は台所内部へと足を進めた。どうやら新八は夕食の準備をしているらしい。馴れた手つきで料理をする彼は母親のようにも見える。
「あ、そうだ」 「?」 「これ、新八が貼ってくれたんだろ?ありがとう」
自分の顎に貼ってある湿布を指差せば、新八はああと思い出したように頷いた。彼の善意のお蔭で顎の痛みは当初よりは退いたような気がする。
「帰ってきたら久坂さんが倒れてるんでびっくりしましたよ。もう大丈夫ですか?」 「うん、平気。心配かけてごめんな」 「いえ、良いんです」
気にしないでください、と微笑む少年に俺もつられて笑みを溢す。こういう謙虚な子って好きだなあ、なんて半ば無意識的に言葉を紡ぐと新八の目が点になった。
「…えっと、あ、ありがとうございます」 「どしたの?」 「いや、普段から褒められる事があまりないんで…なんて言うか、その」 「ああ、照れたんだ」
俺が言葉を発すると新八はあたふたと慌て始めた。どうやら図星らしい。そんな少年の様子に笑みを浮かべていると、からかわないでくださいと叱られた。
「そういえば久坂さん、」 「ん?」 「あの…姉上が凄く怒ってましたよ」
姉上?ああ、志村さんの事か。と俺が納得したのと同時に、一番最初に俺が気絶する前の出来事が思い起こされた。そういえば志村さんに投げ飛ばされたんだっけ。
「…何で俺はいっつも女性に嫌われるんだろうなあ」 「いや、いっつもって…アンタ何やってるんですか」 「そんなに怒らせるような事はしてないつもりなんだけどなあ…今日みたいに俺の家族になってくださいって言って、相手が『私で良いんですか』って言うから誰でも構いませんって答えてるだけなのに…あれ、新八?」
俺が話し終わると、新八は俺を酷く冷めた目で見つめていた。何か不味い事でも言ったのだろうかと自分の発言を思い返してみるも、何も心当たりはなかった。
「お前…そりゃねーよ」 「あ、銀時」
不意に響いた声に後ろを振り返るると、其処には呆れた表情を浮かべている銀髪の男がいた。銀時まで何なんだと問いかけると、彼は大袈裟に溜め息を吐き出した。
「いちご牛乳飲もうと台所来たら玄と新八の話し声聞こえて来てよォ…黙って聞いてたら何やってんだオメー」 「ちょっ、銀時。それ盗み聞きって言うんだよ」
俺の突っ込みに銀時は言葉を返す事なく話し続ける。俺の言葉は無視ですか、なんて言ってみたものの銀時はそれにも反応する事はなかった。
「だから女心ってのはだなァ…「あ、新八。手伝うよ」 「久坂さん、ありがとうございます」 「玄で良いよ、てか寧ろ玄って呼んでよ。」 「じゃ、じゃあ…玄、さん」 「ん」 「ちょっと玄!無視しないでくれない!?銀さん泣いちゃうよ!?」 「新八、味噌取って」 「酷い!玄の鬼畜!」 「銀時。夕飯の準備の邪魔するんなら、夕飯なしだからね」 「!」
明日なんか来なきゃいいのに (もう少しだけこのままで)
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