空が青いという不都合 | ナノ








むくり、と起き上がると既に陽は高く空に昇っていた。寝過ぎたからだろうか、頭に小さな痛みを抱えながらも俺は布団から起き上がった。周囲を見回してみるも銀時の姿はない。ざっと見る限り、どうやらこの部屋は銀時の物であるらしい。部屋の隅に少年週刊誌や彼の物らしい着流しが投げられているのを見て、変わっていないなと小さく息を吐き出した。

「……っん」

ぐ、と両腕を伸ばすと布団から這い出る。志村さんに投げ飛ばされた際に床に強く打ち付けた背中が小さく痛んだが、そんな痛みなど気にしてはいられない。そもそもあの時、俺が叩き付けられるはずの場所には銀時がいたのだ。つまり彼のお蔭で痛みが軽減したと言っても過言ではないだろう。

「……銀時?」

静かに襖を開くと、居間に彼の姿はなかった。其処にはソファーに座ったままテレビを見ている神楽と部屋の隅で丸くなって眠っている定春がいるだけだった。

「銀ちゃんなら新八と買い物アル」

視線はテレビに向けたままで神楽は俺に言葉を発した。そう、と神楽の言葉に返事をしてみたけれど会話はそこで終わってしまった。テレビから流れる音声のみが俺と神楽の間の沈黙を消し去っている。はてさて、どうしたものか。そう頭を抱えていると俺の手に何かが触れた。

「…えっと、…定春だっけ…?」

わん、と俺の言葉に返事をするのかと思えば、定春は大きく口を開いて俺の頭を飲み込もうとしている。瞬時に頭を屈めると、数秒前まで俺の頭があった場所を定春の鋭い牙が貫いていた。その光景にさっと顔を青ざめると、神楽が口を開いた。

「定春の噛み付きから逃げるなんて凄いアルな、お前」

くるりと振り返って俺を瞳に映した少女は華麗に座っていたソファーから下りた。定春が神楽にも先程の俺と同じように噛みつこうとしたが、少女はそんな飼い犬に拳を一つ繰り出す。まさか飼い犬を殴るなんて思ってもいなかった俺は驚き慌てふためいた。

「男がわたわたするもんじゃないネ。男ならどしっと構えているヨロシ」

ぴしっ、と俺に人差し指を差しながら神楽は凛と言い放つ。飼い主に殴られた定春は少し落ち込んだ様子で俺達に背を向けると、再び部屋の隅で眠り始めた。

「神楽の言ってる事は解ったけどね、人を指差しちゃいけません」

駄目だよ、と言いながら神楽の人差し指を握ると今度は神楽が慌てたように視線をさ迷わせる。どうかしたのか、と少女の顔を覗き込むと神楽の左足が勢いよく俺の鳩尾に入った。

「然り気なくレディに触るなんて何考えてるネ!」
「……はたして男の鳩尾蹴ってダウンさせる女性をレディと言うのだろうか」

最後の俺の疑問の言葉は神楽の耳に届かなかったらしい。一人でぷんすか怒る少女は、床に臥せった俺に気を留める事なく再びソファーに腰かけてテレビに視線を向けた。俺の事は最早無視である。

「か、神楽ちゃーん…」

床に倒れたまま少女の名前を呼び掛けるが反応はない。俺が神楽の元まで行けば良いのだが、如何せん先程蹴られた鳩尾の痛さが未だに俺を襲っていた。

「…レディな神楽ちゃーん」

ぴくり、と神楽が俺の言葉に小さく反応してこちらを控えめに振り返った。俺は尚も言葉を紡ぐ。

「すっごい良い女でナイスバディな神楽ちゃーん」
「…そ、そんなに呼ばれちゃ仕方ないネ。何か用アルか」

嬉しそうな表情を隠せない神楽が俺の元へとゆっくりと歩み寄る。こういう単純な性格も子供らしくて可愛いなあ、なんて思いながらも俺は床に伏せたままである。俺の目の前にしゃがみ込んだ神楽を見上げた。

「ごめんね、神楽。そんなに嫌な思いするなんて考えてなかったんだ。軽率だったよ」

じっ、と神楽の双眼を見つめながら言葉を紡ぐ。いくら少女だとは言え、女性に不快感を与えてしまったのなら誠意を持って謝るのが筋だろう。男なら悪かったの一言で済ませるのだが。

「…お前、何で」
「女性には優しく、これが俺のモットーだから…ぐげっ!」

へらりと眼前の少女に笑ってやると、今度は俺の顎を大きな衝撃が襲った。舌は噛まなかったから良かったものの、二度のダメージは俺を再起不能にさせるには十分だった。




華やぐ世界の裏側で


意識を失って床に倒れた玄を見る少女の顔は赤く染まっていた。まさか自分が彼に女性扱いされるなんて思ってもいなかった神楽は、玄の真っ正面から発せられた言葉にただ単純に照れたのだった。その時の顔を見られるのが嫌で彼を蹴ってしまったのだと言えるはずもなく。銀ちゃんが「糞たらし」と彼の事を言ったのも解る気がするヨ、と神楽が妙に納得した事など当の本人である玄が知るはずもない。