ぼく、金魚 | ナノ







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「……」

坂田銀時はこの上無く困っていた。目の前には未だに泣きじゃくる赤慧の姿。どうやら必死に瞳から溢れる涙を止めようと拭っているが、全くと言って良い程に止まっていない。寧ろ余計に酷く流れるようになった気がする。

「っ…ん、…ふ、ぅ…」

嗚咽を噛み殺そうと必死な赤慧を見て自然と銀時の腕は赤慧へと伸び、目の前の少年を抱き寄せた。自分の腕の中にすっぽりと収まる赤慧の小ささには銀時自身驚いたくらいだ。

「赤慧、大丈夫だから」

一体何が大丈夫と言うのだろうか、そんな事は銀時自身にも解らなかった。今は少しでも赤慧が落ち着く様にと左手で少年の髪を撫でてやると、赤慧のか細い腕が恐る恐る自分の背中に回されたのを銀時は感じた。

「ぎ、とき…ごめっ…ごめんな、さい…っ」
「大丈夫だっつーの。銀さん怒ってないから」

赤子をあやす様に赤慧の背中をとんとんと軽く叩くが、一向に赤慧が泣き止む気配はない。一体どうしたもんだ、と銀時が困った様に眉を下げるも事態は何も変わらず。

「ご、めんな、さい…っごめ…なさ」
「謝んなって。大体赤慧は何も悪い事してねェだろ?」

先程から嗚咽混じりに謝り続ける赤慧に銀時は困った様に問いかけた。泣き始めてからずっと謝る赤慧を銀時は疑問に思っていたのだ。神楽の様に家内の物を壊したという悪い事をしたわけでもないのに、ひっきりなしに謝る赤慧を銀時は理解出来ない。

「ごめ…なさっ…ごめんなさい…あやまる、から…ぼくを、すてないで…!」

悲鳴を上げる様に、目の前にいる飼い主に懇願する様に赤慧は嗚咽と共に泣き叫んだ。しかし銀時には赤慧が「すてないで」と必死に繰り返す理由が解らない。それどころか何故捨てる捨てないの話になったのかさえ理解出来なかった。

「ちょい待て赤慧」

流石に自身の頭が赤慧の話に追い付かず。銀時は嗚咽混じりに紡がれる赤慧の言葉を遮った。抱き締めていた自分の体を赤慧から離すと、泣き続ける少年に目線を合わせる様に屈み込む。

「誰が、誰を捨てるって?」
「っ…ぎ、とき…が…っ」
「…俺が、誰を?」
「ぼ、ぼく…っを…」
「……はい?」

思わず銀時の口から変な声が溢れてしまった。何があってその様な言葉が赤慧の口から出て来るのだろうか。俺達万事屋が一度も赤慧を粗雑に扱った事はなく、寧ろ神楽も新八も赤慧を可愛がっているというのに。俺なんて以ての他だ、と銀時は思わざるを得なかった。

「あー…、赤慧くん。何だか勘違いしてるみてェだけど、俺の話聞いてくれる?」

未だに嗚咽を混じらせた赤慧が小さく頷くのを確認してから、銀時は目の前にいる小柄な少年を諭すような声色で話し始める。

「赤慧は俺がお前を捨てるとか余計な心配してるみたいだけど、そんな心配しなくていいから。寧ろ銀さんは赤慧を捨てる気なんてねェし。てか離さす気も更々ねーから。それに神楽と新八も俺と同じ気持ちだと思うぞ。解ったか?」

早口で捲り立てる様に声を発した銀時の言葉を赤慧は未だに理解出来ていない様子である。とは言え、つい最近までこの地球の言葉が解らなかった赤慧にとっては理解するまでに時間がかかってしまう事は仕方ないのかもしれない。頭にクエスチョンマークを浮かべて先程の銀時の言葉を理解しようと必死な赤慧の姿に銀時は自分の頬が緩むのを感じた。

「つまり、銀さんは怒ってもいないし、赤慧を捨てるなんて事はしないって言ったの」
「…ほんと、に…?」
「逆になんで銀さんが赤慧を捨てないといけねェんだよ」

こんなに可愛がっているし、こんなに愛おしいのに、と銀時は心の中で付け加えた。口に出さなかった理由はこの言葉を口に出すのは些か照れくさかった事もあるかもしれないが、何よりも今の赤慧に「愛おしい」なんて言葉を伝えても目の前の少年が言葉の意味を理解出来るとは思っていなかったからである。

「ぎ、んとき…捨てない?」
「あァ」
「ほんと…に?」
「本当…って赤慧!?」

やっと泣き止んだと思っていた赤慧が再び泣き出したので銀時は驚いた。どうしよう、またもや何か不安な事があったのだろうか、と銀髪の青年はあたふたと焦り出す。先程までのやり取りを思い出す限り赤慧が泣く様な出来事は特にはなく、その事実が余計に銀時を不安に陥れた。そんな事を考えている間にも赤慧は嗚咽を口から溢しており、銀時は思い切って目の前の小柄な少年を先程の様に抱き締めた。

「…ぎ、…ときっ…」

先程抱き締めた時の様に恐る恐る自分の背に手を回すのではなく、今度はしっかりと自分にしがみつく様に手を背中に回されて、銀時は得も言えぬ様な感情に襲われた。心臓が締め付けられる様に苦しい。きゅっ、と誰かに心臓を掴まれたみたいな感覚に銀髪の青年は腕の中の朱色の髪色の少年をきつく抱き締める事で紛らわせようと半ば自然に腕に力を込めていた。

「…あ、りがとっ…」

嗚咽混じりの赤慧の声に、銀時は何故赤慧が再び急に泣き出したのかを理解した。

「(安心して涙が出たのか)」

銀時の着流しに顔を埋めて嗚咽と共に涙を溢す赤慧の頭を優しく撫ででやりながら、銀時はそんな事を考えていた。この少年は本当に純粋だと思う。穢れや嘘というものをまるで知らない無垢な赤子の様だ、とも思う。それと同時に自分がこの少年に触れる事を赦されるのかと考えてしまう。過去に幾つもの命を奪い、幾つもの仲間の命を救えなかった自分が赤慧に触れていてもいいのか、と。





「ただいまアル!」
「只今帰りました…って」
「あー!銀ちゃんだけ赤慧とお昼寝ずるいネ!」
「神楽ちゃん…!二人とも起きちゃうから静かにしてて…!」

新八と神楽の目には、銀髪の青年と朱色の髪色の少年がお互いを抱き締め合って共に夢の中に旅立っている光景が写っていた。




恋なんかじゃない
(きっとそうだと信じてた)






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