ぼく、金魚 | ナノ







[]





「ただい…ん?」

万事屋の玄関扉を開いた銀時は扉に手をかけたままの状態で立ち止まった。ほんの数十分前に沖田に調べ事を頼んで、今漸く万事屋銀ちゃんへ帰って来たところである。

「ちょっと神楽ちゃん!ちゃんと押さえてて!」
「言われなくてもやってるネ!お前がしっかり押さえてろヨ!」
「定春!金魚は駄目だからァァ!」

新八の言葉の中に出て来た『金魚』という単語を聞いて、銀時は玄関を開けっ放しにしたまま中へと駆け出した。脱いだブーツを揃える隙もなく、慌ただしい音を万事屋に響かせる。

「赤慧!?」

銀時がリビングへ顔を出した時には既に時遅く。金魚の赤慧が宙を舞っていた。どうやら定春が水槽に前足を突っ込んで赤慧を水槽から弾き出したらしいが、今の銀時にはそんな事どうでも良かった。

「神楽、早く網持って来い!」
「銀ちゃん!網って何処にあるネ!?」
「神楽ちゃん!僕が取って来るから!」

どたばたと新八が物置へと走って行ったが、床の上では金魚の赤慧が苦しそうに跳ねている。金魚の様な魚類は鰓呼吸しか出来ないので当たり前ではあるが、銀時には人間の赤慧が苦しんでいる様に見えて心臓が苦しかった。

「銀さん!網持って来ました…って、え?」

金魚用に購入しておいた網を片手にした新八が信じられないと言う様に目を見張った。それもそのはず。銀時と神楽に囲まれた金魚の赤慧の姿が以前の様に大きく膨らんでいたからだ。先程から金魚姿の赤慧を見ていた銀時と神楽も唖然として大きくなった金魚を見ている。

「…ぎ…とき!」

その中から現れたのは紛れもなく人間の姿をした赤慧で。鰓部分を突き破って万事屋三人の前に出て来た赤慧は何故か嬉しそうだった。

「…え?え、赤慧?」
「ぎんとき?どうし、たの?」
「赤慧!」

時間が止まった様に赤慧を見つめる万事屋三人を不思議に思ったらしい赤慧は小首を傾げて銀時を見つめたが、目の前の朱色髪の少年に見つめられた銀時は勢いよく赤慧を抱き締めた。数秒遅れて新八と神楽も銀時の腕の中にいる赤慧を抱き締める。

「赤慧ェェェ!」
「赤慧が帰って来たアル!」
「わわっ…く、るしい」

三人に抱き締められた赤慧は苦しそうに身を捩ったが、万事屋三人はそれどころではなかった。とにかく彼等にとっては赤慧が人間の姿に戻った事が嬉しかったのだ。

「ほんっとにテメーは…」

呆れた様に溜め息を吐き出しながらも銀時は内心安堵していた。つい先程までは赤慧が再び人間の姿に戻る事があるのかと疑っていたが、今ではちゃんと人間の赤慧が目の前にいる。それだけの事実がただ純粋に彼とっては嬉しかったのである。

「この馬鹿赤慧!」
「ひゃ、あ…くすぐったいー!」
「銀ちゃんばっか赤慧と遊んで狡いネ!」
「まぁまぁ神楽ちゃん。銀さんも凄く心配してたんだし」
「ぎんと、き!こちょこちょ、やぁー!」

自分に脇腹を擽られてけらけらと笑う赤慧を見て、銀時は自身の頬が緩むのを感じた。たった数週間で赤慧への愛着が湧いてしまった事には銀時自身も驚いているのだが。赤慧さえ良ければこのまま万事屋へ置いてやりたい、と思うのは愛着からなのか別の何かからなのかは彼にはまだ解らない。

「しっかし赤慧も忙しい奴だよなァ。金魚になったり人間になったり」
「ぎ、とき?」
「…オメーは何者なんだろうな」

ぽつり、と呟いた銀時の言葉に返す者は一人もいなかった。それこそ赤慧についての一番の謎であり、万事屋三人が一番知りたかった事なのだから。ただ一つ解る事は、赤慧は夏祭りの日に銀時が掬った金魚であるという事だ。

「それは置いといて…オイこら定春!」

ぐるり、と銀時は振り返って、部屋の隅で既に眠りに入っている定春にずんずんと足を進める。金魚を飼うと決めた日から何度も『金魚は食べ物ではないから触るな』と言い聞かせてきたのに、この巨大犬は何も理解していないらしい。

「テメー散々金魚は駄目だっつってんだろーが!」
「…クゥン」
「そんな可愛らしく鳴かれても俺ァ「ぎんとき!」

定春を叱りつける銀時の腰に軽い衝撃が走って、彼が振り向けば腰に赤慧が抱き着いていた。突然の出来事に銀時は目を見張りながらも、赤慧は必死に叫ぶ。

「おこるの、だめ!」
「駄目ってオメーよォ…」
「ぼく…ぼくが、さだはるに…お願い、したの…!」
「…赤慧が?」
「ぎんときと、しんぱ、ちとかぐら、会いたいから…出だしてって!」
「…僕達、に?」

新八の問いかけに赤慧は頷くと、少年は尚も銀時の腰にしがみついたまま辿々しくも言葉を必死に口から紡ぐ。

「すいそうの、うえ…ふた、あって、ぼくじゃ出られないから…」

だから定春をおこらないで、と赤慧は銀時に頼むが、どうやら感極まってしまったらしく赤慧の目には涙が浮かんでいる。そんな赤慧を銀時が見て、引き続き定晴を叱るなんて事が出来るはずもなく。彼はがしがしと左手で頭を掻き回すと腰を屈めて赤慧の目線に自分の目線を合わせた。

「ほら泣くんじゃねェよ。男の子だろーが」
「だって…だって…っ」
「あー解った解った。オメーの言いたい事は銀さん解ったから」

未だに赤慧の瞳から流れる滴を銀時は親指で拭ってやる。この際は赤慧は動物と話せるのか、なんて疑問も銀時にはどうでも良かった。

「…悪かったな定春」
「ワン!」
「ほら赤慧。これで大丈夫だろ?」

銀時の問いかけに何度も頷く赤慧だが、その瞳から涙は止まる事を知らない様に流れ続ける。赤慧は自身のか細い腕で必死に拭っているがやはり止まらない。

「ちょっ、赤慧…いい加減に泣き止めって」
「っう…と、まんないー…」
「なんか銀さんが泣かしたみたいですっげー胸が痛いから泣き止んで頼むからァァァ!」

どうしよう、と銀時がおろおろし出すも一向に赤慧が泣き止む気配はない。どうやら本当に涙が止まらないらしい。終いには神楽まで泣き続ける赤慧に対してどうしようと慌て始めた。

「赤慧くん、怖かったんじゃないでしょうか…」

ぽつり、と新八が呟いた声は赤慧の泣き声に掻き消される事なく銀時達の耳に届いた。新八は今も尚泣き続ける赤慧の声を聞きながらも銀時に自分の予想を伝える。

「銀さんに定春を怒らないでってお願いしていた時も声が震えていましたし、ひょっとして銀さんが怖かったんじゃないですか?」
「…え、何?俺が悪いの?」
「何も銀さんが悪いとは言ってませんけど…」
「いいから早く謝るネ!糞天パァァァ!!」

神楽に後ろから背中を蹴られた銀時は勢い余って床に倒れ込んだ。目の前には未だに涙の止まらない赤慧が必死に掌で涙を止めようと四苦八苦している。

「あー…赤慧、その、アレだ…」

言葉に詰まる銀時を見兼ねた様に新八は溜め息を一つ吐き出した。銀時は新八に「しっかりしてください」と叱咤されるがどうしても言葉が出て来ない。

「まったく…僕と神楽ちゃんは定春の散歩行って来ますからね」
「ちゃんと赤慧に謝るヨロシ」

それだけ銀時に言い残すと二人と一匹は万事屋から出て行ってしまった。取り残されたのは銀髪の成人と朱髪の少年。




その時からぼくにはあなただけ
(あなただけでいい)
(他には何も要らない)






- 6 -
PREVBACKNEXT
[]
topその時からぼくにはあなただけ