ぼく、金魚 | ナノ







[]





「これはソファー」
「…そ、はー…?」
「惜しい。ソファーだよ、ソファー」
「……そ、ふぁ?」
「そうそう。赤慧くんは覚えるのが早いね」

現在赤慧は新八に沢山の単語を教えてもらっていた。その単語は万事屋の三人の名前から家の中にある色々な物の名前まで種類は様々だ。

「銀さん、赤慧くん凄く物覚え良いんですよ!」
「ぎっとき…!すご、い!」

見て見て、と言う様に赤慧は銀時に手を振った。赤慧が言葉を話す様になってから数日程しか経っていない。それに比例する様に赤慧の知識は増えていく。まるで乾いた田畑の様だ、と銀時は思った。水となる知識を与えれば与える程、それらを全て赤慧は吸収していくのだから。

「おぉ、そーかそーか。おいで赤慧」

ちょいちょいと手招きをして銀時は赤慧を呼んだ。最初は『銀さん』と呼ばれていた彼も今では『銀時』と赤慧に呼ばれる様になっていた。銀時にとってはどちらの呼び方でも特に差し障りはないのだが。

「これァ何だ?」
「じゃ、ん、ぷ!」
「正解だ。じゃあこれは?」
「ち、ご…ぎゅーにー」
「……まァ良しとするか」

正解した御褒美とでも言うのだろうか。ほれ、と銀時は紙パックに入っているイチゴ牛乳にストローを差して赤慧に手渡した。銀時から渡された其れを見て赤慧は表情を明るくさせるとストローを唇で挟んだ。先程から銀時が口にしていたイチゴ牛乳に少なからず興味を持っていたらしい。

「……?」
「あァ、そういや使い方教えてなかったっけな。そのまま吸ってみろ」
「……っ、げほ…ごほっ」

どうやら銀時の言った通りに赤慧はストローからイチゴ牛乳を吸ったらしいが、呼吸をする要領でイチゴ牛乳を吸ってしまった様だ。つまり今の赤慧は気管に液体が入り噎せている状態である。

「あーあー…何してんのお前」
「…ごほっ…、けほ…!…うー、ぎんときー」

大丈夫か、と銀時が赤慧の背中を擦ってやるが一度気管に入ってしまった液体は簡単には出て来ない物である。気管に液体が入るという事態が赤慧にとっては初めてらしく、噎せた事に苦しみながらも状況を理解し難い様だった。

「ほら、大丈夫か?」
「ん…へーき」

ティッシュを取り出して銀時は赤慧の口許を拭ってやる。そこへ新八が湯呑みにお茶を注いで戻って来た。湯呑みからは湯気が昇っており、注がれたお茶が温かい事を示している。

「あーあー…赤慧くん噎せちゃったんですか?」
「ストローの使い方教えてなかったからなァ」
「アンタって人は…ちゃんと教えてあげてくださいよ。神楽ちゃん、お茶にしよう」

一人テレビの前で座り込んでいた神楽に新八が声をかけた。どうやら未だにヒロインの座を奪われるかもしれないという懸念をしているらしい。はぁ、と銀時は溜め息を一つ吐き出すと「神楽」と新八に代わって呼ぶ。

「…か、ぐら…?」
「おー赤慧。テレビの前に座ってる奴が神楽だ」

ほれ、と銀時が神楽を顎で指すと赤慧は神楽に興味を示したみたいで。ゆっくりと神楽へと近付いて行った。その間に新八は盆から湯呑みを机へと移し、銀時は傍にあったジャンプを手に取る。

「…かぐ、ら」
「…」
「…かぐら」
「…」
「かぐら」
「…何アルか」

何度も赤慧に名前を呼ばれるので、ついに神楽は無視する気も失せたらしい。首だけを赤慧に向けると相変わらずのじとりとした視線を赤慧へと送った。

「…いっ…しょ!」

赤慧が指を差した先にあるのは神楽のオレンジ色の頭髪。どうやら赤慧の髪色と神楽の髪色が同じだという事が言いたかったらしい。厳密に言うと、赤慧の髪色は白色の髪が数束混じっているので神楽と一緒だとはとても言えないのだが。

「…私、こんな馬鹿にライバル意識してたアルか」
「…?」

がくりと意気消沈してしまった神楽を不思議そうに赤慧が見つめる。赤慧にとっては馬鹿の意味もライバルの意味も解っていないのだろう。

「仕方ないからお前を子分にしてやるネ!」
「…こ…ぶ?」
「違ヨ。子分アル」
「こ…ぶん…?」
「今日からお前は工場長代理ネ!」

恐らく、いや、絶対に赤慧は子分の意味も解っていないだろう、と二人の会話を先程から聞いていた銀時は呆れながらも溜め息を溢した。

「ほらほら。神楽ちゃん、赤慧くん。お茶冷めちゃいますから」

新八に呼ばれて二人はテレビの前からソファーへと移動する。今日はお登勢から貰ったお茶請けがあるらしく甘味が好物の銀時は上機嫌である。

「おちゃ…っ!?」
「赤慧!」

がん、と鈍い音が万事屋に響いてぐらりと赤慧の身体が傾いた。いち早く銀時がそれに気づいて赤慧へと腕を伸ばすが、僅かに届かず。派手な音をたてて赤慧は机に躓き床へと倒れた。

「あー…何してんの赤慧お前」
「え…赤慧くん大丈夫ですか」
「まったく。とんだおっちょこちょいネ」

やれやれ、と銀時は倒れた赤慧を起こそうと手を伸ばそうとした、が。まるで時間が止まったかの様にぴたりと銀時の動きが止まった。新八と神楽は彼の行動を不思議に思いつつも赤慧へと近づいたが、銀時と同じ様に動きを止めた。

「…赤慧、?」

ぽつりと呟かれた銀時の言葉は空気に溶けた。先程赤慧が机の脚に足を引っ掛けて転んだ際に新八の注いだお茶が衝撃により溢れて赤慧にかかったらしいが、今はそんな事すら彼等の頭の中にはなかった。床に倒れている赤慧の頭髪が凄まじい速さで伸びたかと思うと、すっぽりと赤慧を覆ってしまったのだ。これではまるで蚕の様である。

「…何、アルか…これ」

弱々しく呟かれた神楽の問いかけに答える事が出来るはずもなく。銀時はただ目の前に現れた朱色の繭を見つめる事しか出来なかった。ただ解っているのはこれが赤慧であるという事だけだ。

「ぎ、銀さん…!」

銀時は未だに目の前で起こっている事態に対処出来ないでいた。新八が狼狽えるのも最もである。先程まで繭の姿だった赤慧が徐々に縮んでいき、終いには掌に納まる程の大きさから金魚になってしまったのだから。

「…赤慧、が…」
「「「金魚になったァァァ!?」」」




どうかぼくをつないでて
(驚愕に満ちた三人の声が)
(万事屋に大きく響いた)






- 4 -
PREVBACKNEXT
[]
topどうかぼくをつないでて