ぼく、金魚 | ナノ







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「神楽!早く水槽持って来い!」
「銀ちゃん!定春が――…!」
「あああああ!神楽ちゃん、ちゃんと定春押さえてて!」
「新八でも神楽でもいいから早く水槽持って来いって!」

祭りの翌日。万事屋では朝から慌ただしい叫び声が響いていた。昨晩掬った金魚をお登勢から拝借した水槽に移そうとしているのである。ただ金魚を水槽に移すだけという単調な作業なのに、万事屋三人が四苦八苦するのには原因があった。

「定春!テメー金魚なんて喰っても旨くねェぞ!!」

万事屋のマスコットキャラクター的な存在である定春が初めて見る金魚二匹に尋常ではない興味を示したのである。今まで万事屋で金魚など飼った事がなかったからであろうか。初めて定春が目にする金魚は彼にとって未知の生物であった。

「銀さん!早く金魚を水の中に入れてあげないと弱っちゃいますから!」
「ならテメーが水槽持って来いやァァ!」
「僕は定春を押さえとくので手いっぱいなんですよ!」

こんな事になるなら先に定春を鎖に繋いでおけば良かった、と銀時が後悔しても遅い。まさか定春が金魚にこの様な反応をすると誰が予想しただろうか。銀時の左手に握られた小型の網の中には二匹の金魚がぱくぱくと口を開けて必死に酸素を取り込もうとしていた。

「なら神楽――…って定春ゥゥ!?」

新八と神楽に押さえられていた定春は、二人の手を振り切って金魚を片手に持つ銀時へと突進する様な形で突っ込んだ。突然の定春の巨体に衝突された銀時が踏ん張れるはずもなく。銀時と二匹の金魚は居間の床に投げ出された。

「銀さん/銀ちゃん!」
「「金魚は!?」」

神楽と新八がほぼ同時に定晴に突進された銀時の名前を叫んだものの、次に口から発せられたのは金魚の無事を心配する言葉だった。

「…お前ら、突き飛ばされた銀さんより金魚の心配ですかコノヤロー」

薄情な奴等だ、と愚痴を溢しながらも銀時は二人と同じ様に投げ出された金魚を探す。厄介な定晴は新八が神楽の反対を受けながらも玄関の外へと連れ出した。神楽が掬った金魚は直ぐに見つかったが、銀時が掬った美しい金魚は未だに見つからないまま。

「おーい、金魚やーい」
「銀さん、ちゃんと探してくださいよ!」
「銀さんは一生懸命に探してますゥー」

新八の言葉に生返事を返しつつも、銀時は『糖分』と書かれた額縁の下にある机の下を覗いた。

「あ、いた。新八ィー、網持って来い、網」
「全く自分で動いてくださいよ……はい、網」
「やっと見つかったアルか」

漸く見つかった金魚を三人が目にするも、何かが可笑しい。いや、確かに定晴に突撃される前は普通の金魚だったのだ。だが今三人の目の前にいる金魚は明らかにそれと違っていた。

「…なんか、デカくなってね?」

銀時の呟きに神楽と新八は無言で頷いた。掌に簡単に乗るくらいの大きさだった金魚は、両手でも納まりきらない程の大きさに膨れ上がっていた。これではまるで鯛の様だ。

「…な、なんか怖いネ」
「ぎ、銀さん、早く取ってくださいよ」
「…俺ァ得体の知れないモンは触らない主義なの」

三人が喋っている間にも金魚はどんどんと大きくなっていく。終いには神楽より一回り大きな形になって成長は止まってしまった。残されたのは現状の理解出来ない万事屋三人と得体の知れない金魚のみ。

「!?」
「い、今…」
「動いた、アル…」

もぞり、と鰓の部分が動いて、裂けた。そして其処から出て来たのは細く真っ白な人間の腕だった。

「「「ギャァァアア!!」」」

いかにも摩訶不思議な光景に万事屋三人は勢いよく金魚から離れると、ソファーの影に隠れる様に飛び退いた。今も尚、巨大化した金魚から現れた腕は弱々しく伸ばされたままである。

「ななななな、何なんですか、あれェェェ!?」
「俺に聞かれても知らねーよ!」
「嘘つくんじゃないアル!あれはお前が掬った金魚ネ!」

確かに神楽の言う様に、あの摩訶不思議な金魚は銀時が掬った金魚である。だからと言ってあの金魚の正体を銀時が知っているはずもなく。三人はただ不思議な光景に目を向けるしかなかった。

「手が、動いた…!」

真っ青な顔で新八が独り言の様に呟く。裂けた鰓から垂直に覗いていた腕が動いて床に落ちた。狭い其処から出る様にずるずると腕は伸ばされる。やがて肩が穴から出て、朱色と白色の頭髪に包まれた頭と思える部位が現れた。

「……ひ、と?」

何が何だか解らなくて戸惑った様な銀時の声がやけに静かな万事屋に響いた。金魚から出て来たのは紛れもなく人のカタチをした何者かで。三人が現状を理解するより前に、出て来た得体の知れない生き物は床に倒れる。

「お、おい…!」

力なく倒れてしまった生き物に銀時は駆け寄った。それより数秒遅れて新八と神楽も彼と同じ様に近づく。彼等の目に映るのは神楽より一回り年上ではないかと思える少年の姿。勿論、衣服は身に付けていない。

「か、神楽ちゃんは見ない方が…」
「…何でアルか?」
「いや、だから…仮にも女の子なんだから」
「仮にもって何だよ、オイコラ駄目ガネ」
「はぁ…神楽、新八。そろそろ定春探して来い」

銀時は二人の言い争いに溜め息を吐くと、先程追い出した定春を探して来る様に二人に言い放った。左側と右側で繰り返される口喧嘩に嫌気が差した事も理由としてはあるが、どんな原因であれ追い出してしまった定春の事が銀時には気がかりだった。二人の前では決してそんな事は言えないが。

「じゃあ行ってきますけど…銀さん一人で大丈夫なんですか?」
「はいはい。いーから、行った行った」

この期に及んで心配する新八を閉め出すと、未だに床に臥せたままの少年に目を向けた。先程から全く動かないが特に目立った外傷はなく、どうやら気絶しているらしい。朱色と白色の頭髪、真っ白な身体、幼さが残るが綺麗な顔立ち。男でなければ美女と表現しても過言でないだろう。

「おーい、起きろー」
「…っ、…」

ぺちぺちと少年の頬を軽く叩くが眉を寄せて小さく呻いただけで反応はない。起きないからと言って名前も知らない少年をこのままにしておくわけにもいかず。銀時は再び頬を叩いた。

「おーい、起きろって。他人ん家で裸のまま寝るなんて一体どんな教育受けてきたんですかコノヤロー」

今度は少し強めに少年の細い肩を掴んで揺するが、相変わらず少年は瞳を開かない。はぁ、と溜め息を一つ吐き出すと銀時は自分の寝室へと足を向ける。

「…全く、何でこんな事になったんだか」

左手で自分の頭をがしがしと掻き回すと、右手で普段銀時が使っている布団を掴んで再び少年の元に歩み寄る。手にしていた布団を離すと、床に臥せたままの少年を抱き上げてソファーの上へと移動させる。そして運んで来た布団を少年の上に被せた。

「しっかし…キレーな顔してんな」

睫毛は頭髪と同じ朱色をしており、身体には生まれた時と同じ様に一点の汚れすら見当たらない。するり、と銀時は半ば無意識に朱色と白色の髪の毛に手を伸ばした。

「…って何考えてんだ、俺ァ」

同じ男に少しでも綺麗だと思ってしまった過去の自分に悪態を吐いたが、少年の頭を撫でる手は止まらなかった。




えさもきれいな水も
(まだ何も知らなかった)






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