ぼく、金魚 | ナノ







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「銀ちゃん!あれやりたいネ!」


先を歩いていた神楽が振り返って、勢いよく指を差したのは『金魚すくい』と書かれた暖簾を掲げた屋台。

「まったく…出掛ける前は散々腹減ったとか騒いでたくせに結局は金魚すくいですかコノヤロー」

最近の子供は自分の行動と言葉が矛盾してんなァ、なんて溢しながらも神楽に一回分の金を渡す。別に銀さんの金じゃないんだけどね。ババァの金なんだけどね。

「銀ちゃん、もっかいやりたいネ」
「はァァァァ!?おまっ、数秒前に渡してやっただろーが!」
「あのオヤジ、薄っぺらいポイ渡して来たアル」

だから自分は悪くない、と言う顔をして再び神楽が手を差し出して金の催促をする。こーいう奴はアレだよ、金を渡したらあるだけ使い果たす奴だ。

「銀さん綿菓子食べたいの。だから金魚すくい終了」
「馬鹿言ってんじゃねーヨ、マダオ」
「あーあー何も聞こえませーん」
「ちょっと銀さん、大人気ないですよ」

耳を塞いで神楽からの言葉を無視していると、後ろから新八が呆れた様に呟いた。そういう所で甘やかすから駄目なんだよ。子供はちょっと厳しいくらいに叱る方が良いって昔から決まってんの。

「あー解った解った。その代わり銀さんも着いて行くからな」

これ以上神楽に無駄に金を使われるのであれば花火を見ながらの酒すら飲めなくなってしまう。せっかく久々に酒が飲めるというのに、それだけは勘弁して欲しい。

「オヤジィ!もう一回するネ!」
「いらっしゃい、お嬢ちゃん。二回も掬ってくれるとは有難いねぇ」

屋台のオヤジは人当たりの良さそうな笑みを浮かべて神楽にポイを二つ渡した。散々薄っぺらいポイを渡して来ただの何だのと目の前のチャイナ服は言っていたが、見る限り普通のポイである。ここで叱るのも大人気ない、と銀時は溜め息を一つ吐いた。

「フッ。歌舞伎町の工場長の真の力を見せる時がやってきたアル」
「神楽ちゃん、金魚すくいだからね。間違っても金魚を潰しちゃ駄目なんだからね」
「当たり前だろ、ぱっつぁん。私を誰だと思ってるネ!私こそ歌舞伎ちょ「良いから早く掬えよコノヤロー」

時間の無駄だと言う様に後ろから神楽の頭を軽く小突いた。叩かれた本人は何か言いたそうな瞳でこちらを見ていたが、知ったこっちゃないと言う様に銀時は視線を逸らす。

「じゃあ、お嬢ちゃんにサービスだ」

今まで三人のやり取りを見ていた金魚すくいのオヤジが唐突に口を挟んだ。突然声をかけられて神楽はともかく、銀時と新八までもオヤジに視線を向けた。

「この朱色と白色の金魚がいるだろ?コイツを掬ったら良い事があるよ」

オヤジは水槽の中で泳いでいる沢山の金魚の内から一匹を見つけて指を差すとそう言った。三人の目には他の金魚と比べると一回り小さく、それでも鱗の美しさは他のどれよりも美しい金魚。

「胡散臭いアル」
「ちょっ、神楽ちゃん…!そんな風に言わなくても…」
「胡散臭いっつーか…。他の金魚より綺麗だけど、コイツを掬ったからって何かが起こるわけでもねぇからなァ」



「起こるって言ったら…どうするよ?銀髪の兄ちゃん」



不意に低い声色でオヤジが呟いた言葉を銀時は聞き逃さなかった。水槽を映していた瞳を直ぐ様オヤジへと向けるものの、そこにはただ人当たりの良い笑顔で口許を弛ませている金魚屋のオヤジがいるだけだった。

「…面白ェ。やってやろうじゃないの」
「え、本気ですか、銀さん!?」

着流しの懐から一回分の代金を取り出して、銀時は金魚屋のオヤジからポイと器を受け取った。別にオヤジの言う通りに何かが起こるなんて彼は信じていなかった。所詮、銀時の気が向いただけなのだ。





「あーもう…どうするんですか?家に金魚を飼える様な水槽は有りませんからね」
「適当にバケツにでも入れとけばいいんじゃねェの?」
「確かにバケツでも代用出来ない事はないですけど…専用のポンプがないと金魚は直ぐに死んじゃいますよ」

祭りからの帰り道。万事屋の三人は薄暗い夜道を歩いていた。既に祭りは終わっており、何処か物寂しい雰囲気が辺りを漂っている。既に銀時の背中には久々の祭りにはしゃぎ疲れて眠っている神楽が背負われていた。

「まぁ…なんとかなるだろ、多分」
「帰ったらお登勢さんに水槽とかあるか聞いておいてくださいね」

新八の言葉に曖昧な返事をしつつ、銀時は小さなビニールの袋に入れられた二匹の金魚を眺めた。一匹は銀時が、もう一匹は神楽が掬った金魚だ。金魚が死んでしまわない様に、とオヤジが善意で入れてくれた緑色の水草が金魚の朱色と妙に映える。

「…何も起こんねェよな、やっぱ」

掬ったら何かが起こるとオヤジは言っていたが、その金魚を掬った今、何も特別な事は起こっていない。やはり嘘だったか、と銀時はオヤジの冗談に乗せられた自分に溜め息を吐いた。勿論隣を歩いている新八に知られない様に。




ぼく、金魚
(ある蒸し暑い日)
(万事屋に家族が増えました)






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