ぼく、金魚 | ナノ







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銀時の寝室は赤慧と兼用である。元より狭い部屋ではなかっが、銀時と赤慧との布団を二組敷くと流石に些か窮屈であった。だからと言って銀時はそれを口に出したりはしないが。




もぞり、と隣の布団で寝ている少年の身動ぎで意識が浮上した。それが一度だけなら目が覚める事もなかったのだが、先程から赤慧は何度も寝返りをうっている。眠れないのだろうか、なんて考えながらも銀時は重たい瞼を半ば無理矢理開いた。

「…赤慧、?」

寝起きの掠れた声で少年の名前を呟くと、赤慧はびくりと大きく震えた。枕元に置いてある目覚まし時計を一瞥すると時計の短針は午前二時を示している。まだ夜が明ける前だった。

「どうした、眠れねェのか?」
「…うん」

もぞり。再び赤慧が寝返りをうった。どうやらこちらを向いたらしい。銀時の視界にはぼんやりとだが赤慧の姿が見える。真っ暗な部屋の中、お互いが布団に横になりながら見つめ合うという奇妙な状況である。

「…ぎんとき、おこした?」
「違いますー、銀さんはずっと起きてましたー」

覚醒しきっていない頭で考えた言葉を紡ぐと、案の定赤慧は目を伏せた。ごめん、と呟く赤慧の口を銀時は右腕を伸ばして優しく塞ぐ。

「だから起きてたって言ってんでしょーが。謝んないの」

解ったか、と念を押せば赤慧は小さく頷いた。それを確認すると少年の口を覆っていた自分の右手を退けてやる。そのまま離した手を戻す事に躊躇われて、銀時はするりと赤慧の朱色の短い襟足に手を伸ばした。

「ぎんとき…?」
「んァ?」
「っ…くすぐったい、よ」

ふふ、と笑いながら赤慧が首を縮めるように身を捩る。先程まで眠気に負けかけていた銀時の目は既に覚めていた。じゃれあうように彼はもう一方の手も赤慧へと伸ばして、本格的に擽り始める。

「っあはは!やっ、ぎん、だめぇ…!」
「聞こえませーん」
「も、らめ…だってばぁ…!」

涙を滲ませて笑い続ける赤慧を見て銀時は頬を緩ませた。そして唐突に、ぐっと勢い良く男は少年を自分の布団の中へと引き込む。少年が突然の事に驚いて短い悲鳴をあげたが、銀時はお構いなしである。

「しっかし軽ィな。ちゃんと飯食ってんのか?」
「む…ちゃんとたべてるもん!きょうだって、ぎんときのちょこれ…あ」

うっかりと赤慧が口を滑らせた事を銀時は聞き逃さなかった。いや、正確には聞き逃せなかった。何故なら前から残しておいた自分のチョコレートが今日戸棚から消えていたのだから。

「……赤慧くーん?」
「…う、あ、えっと」
「何か銀さんに言う事は?ん?」
「お、おいしかったです…」

その言葉を聞いた銀時は無言で再び赤慧の脇腹を擽り始めた。

「っふ、ひゃあ…!わ、」

擽っていた赤慧の腰に腕を回すとよりいっそう自分の方へと抱き込んだ。腕の中にすっぽりと収まる赤慧の朱色の頭髪から香るシャンプーの匂いが銀時の鼻を掠める。

「ぎんとき…おこってる?」

おずおずと上目遣いがちに自分の顔を覗き込む赤慧に情けなくも心臓が高鳴った。普段ならばふざけて怒っていると言ってやるのだが、なんだかこの時だけは意地悪をしてやる気分にはなれなかった。

「いや、怒ってねーよ」
「…ほんとう?」
「んだよ、銀さんが嘘ついてるって言いてェのか?」

拗ねたように赤慧にそう告げると、ぶるぶると少年は大きく頭を横に振った。赤慧の必死な様子に自分の頬が緩むのが解る。この少年は何時までも純粋だな、と銀時は頭の片隅で考えた。出会った時から現在まで、赤慧は何処までも無垢で無知な赤子のようだった。

「…ぎんとき、?」

急に黙りこくってしまった銀時を不思議に思ったらしい赤慧が彼の頬に手を伸ばす。触れた少年の手は酷く冷たかった。それが何だか不吉な事を連想させて、銀時は再び強く赤慧を抱き締めた。

「っ、くるしいよ…」

腕の中にいる少年が抗議の声を挙げたが彼は聞こえないふりをした。言い様のない不安が銀時の心臓の中で暴れ回っているような感覚に襲われる。銀時の様子が何処か可笑しいと察知したらしい赤慧がそっと彼を抱き締めた。

「…ぎん、だいじょうぶだよ。だいじょうぶ」

普段銀時が少年にしてやるように赤慧は彼の頭を優しく撫でてやる。何に対して銀時が不安になっているのか赤慧は解っていなかったらしいが、それでも少年は彼の負の感情を打ち消すようにと何度も撫でる。…こうして誰かに撫でられるのは何時以来だろうか、と銀時はぼんやりとする頭の中で考えた。

「…赤慧」
「ん?どうしたの?」

小首を傾げる赤慧に思わず頬が緩みそうになる。なんでもねーよ、と告げると少年は不思議そうな表情を浮かべた。何て言って良いのか解らなくて、赤慧を抱き締める腕に少しだけ力を込めた。

「…ぎんとき、」
「んァ?」
「…あ、あのね…えっと」

赤慧が何かを言おうと口を開くがなかなか肝心の言葉を発さない。何だよ、と催促してみるも赤慧は目を泳がせた。何か言いづらい事なのだろうか。そんな事を考え始める銀時に向かって赤慧は意を決したように口を開いた。

「…ぼくをひろってくれて、ありがとう」

赤慧は尚も言葉を紡ぐ。

「ぎんときにひろわれて、うれしかった」

赤慧は銀時の瞳を真っ直ぐに見据える。

「ぎんときのおかげで、ぼく、しあわせだよ」

幸せそうに微笑む赤慧に見とれていなかったと言えば嘘になる。今まで面と向かって赤慧に礼など言われた事がなかった銀時は豆鉄砲を食らった鳩のようにただ驚いていた。眼前にいるこの少年を抱き締めたい衝動に駆られるが、赤慧の言葉を遮るわけにもいかず。

「…ぎんとき、」
「ん?どうした」
「こ、これからも…ぼくを、かって、くれますか…?」

おずおずと不安そうな瞳で赤慧が銀時を見つめる。希少価値のある天人として売られた過去があるからなのかもしれないが何時だって赤慧は怯えてばかりだ、と銀時は頭の中で考えた。きっとこれからも「売られる」という恐怖からこの少年が逃れられる事は出来ないのだろう。

「馬鹿。『俺が飼う』んじゃなくて『一緒に生きる』んだよ」

出来るだけ優しく赤慧の額を小突いてやると、銀時の言葉の意味が解らないというように少年は小首を傾げた。小さな子供に言い聞かせるように銀時は言葉を選びつつゆっくりと声を発する。

「俺達は赤慧を売らないし、捨てたりしねェ。約束する」
「…ほ、んと?」
「あァ、誰もお前を『ペット』だなんて思っちゃいねーよ。俺も新八も神楽も、赤慧の事を万事屋の一員だと思ってる」
「、ぼくも…?」
「もう、不安に思わなくて良いんだ、赤慧」

あ、と銀時が言葉を溢した時にはもう遅かった。ぼろぼろと堰を切ったように赤慧の双眼から涙が涙が零れ出した。銀時が赤慧を抱き寄せるよりも早く、赤慧は銀時に抱き着いた。突然の事に驚きつつも銀時はしっかりと赤慧の背中に腕を回してやる。

「…ぎんっ…ぎんとき…!」
「ん、よしよし」

先程は赤慧が銀時の頭を撫でてくれていたが、今では立場が逆であった。赤慧の朱色の頭髪に銀時は優しく指を絡める。

「…ぎんとき、っ…ありがとう」

涙で滲んだ声を絞り出した赤慧の表情は、銀時が今まで見た少年の表情の中でも一番幸せそうな笑顔だった。




それでいい
(絶対に離さないから)
(安心していいよ)






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