ぼく、金魚 | ナノ







[]





「…ぎんとき、」
「……」
「ぎんとき」
「……」
「ぎんときっ…!」
「っ!…あァ、赤慧か」

どうした?、と赤慧の顔を覗き込んだが、肝心の赤慧は銀時の顔を見ると黙りこくって彼から走って離れて行ってしまった。少年はそのまま銀時の寝室へと向かったらしい。そんな少年に銀時は頭にクエスチョンマークを浮かべる事しか出来なかった。一体朱色の少年はどうしてしまったと言うのだろうか。赤慧も難しい年頃に成長してしまったのだろうか。そんな事を考えつつ、銀髪の男は頭を悩ませた。

「銀さん、大丈夫ですか?」
「…何が?」

赤慧が銀時の元から走り去った後、突然新八から労わりの声をかけられて銀時は内心で大きく驚いた。自分では普段通りの生活をしているつもりだったからだ。だけれど心の中では先日の感情が何度も繰り返されていた。何度も何度も赤慧を失う事ばかり考えてしまうのだ。

「何だか難しい顔してますよ」
「…生まれつきだ」

そう言葉を言い放って、銀時はごろりと新八から顔を背けるようにソファーの上で身体を反転させた。自分が柄にもなく考え事をしている事くらい銀時にも解っていた。数日前に赤慧が拐われてからというもの、ずっと考えているがどうしても腑に落ちない。あの時の事を考えるだけで悔しいような得も言えぬ感情が銀時の胸の内を支配する。

「考え事をするのは銀さんの勝手ですけどね。赤慧くんが銀さんを何度も呼んでる事くらい気づいてあげたらどうなんですか?」
「え、赤慧が何回も呼んでた!?マジで!?」

やっぱり気づいてなかったんですか、と呆れたように呟く新八の声を聞いて銀時は落胆した。それならば先程の赤慧の行動にも頷ける。はあ、と自分を戒めるように溜め息を一つ吐き出すと、銀時はソファーから身体を起こした。

「……赤慧、」

先程朱色の少年が走って入り込んだ自分の寝室の襖はぴっちりと閉まっていた。その為に銀時は端から見れば襖に話しかけるようになってしまっている。閉められた襖が、細やかながらも赤慧が自分を拒絶しているように思えて少しだけ心臓が痛んだ。

「赤慧、入るぞ」
「……」

赤慧からの言葉なかった。それを肯定の印だと解釈した銀時は、躊躇う事なく閉じられていた襖を静かに開いた。こちらに背を向けて体育座りをしている赤慧の表情はこちらからは見えなかった。襖を開けた時と同じように銀時はそれを静かに閉める。

「…赤慧。怒ってんのか?」
「……」
「なあ、赤慧」

問いかけても返事のない赤慧に銀時は一体どうしたものかという意味合いを込めて溜め息を一つ吐き出した。それに合わせて赤慧の肩がびくりと一度震えたのは未だに自分が俺に捨てられるとでも不安に思っているからなのだろうか、と銀時は無意識的に頭の片隅で考える。

「赤慧「…ぎんとき、」

自分の言葉を遮って、朱色の少年が己の名前を小さく呟いた。漸く発せられた少年の言葉は酷く掠れていたように思える。今にも消え入りそうな赤慧の声に銀時は耳を澄ませた。

「…ぎんときは、ぼくがいて、しあわせ?」

最初に出会った頃よりも幾分か言葉の上達した赤慧が振り返ってそう言った。今まで一度も赤慧にそのような事を問われなかった銀時は突然の事に勿論驚いた。それと同時に赤慧がこのような事を自分に問う理由が解らなかった。

「…赤慧?」
「ぎんとき、むずかしいかおしてる。…ぼくのせい?」
「っ、違ェよ」
「…うそ、つかなくても、いいのに」

そう悲しそうに笑う赤慧に銀時は心臓が締め付けられたような感覚に襲われた。何処か諦めたように言葉を紡いだ赤慧にどう接して良いのかが解らない。ただ解る事は自分の行動が赤慧を苦しめているという事だけだ。

「ごめんね、ぎんとき」
「赤慧、」
「むずかしいかお、させてごめんね」
「赤慧!」

眉を八の字に下げながら微笑む赤慧の言葉を遮るように、銀時は眼前にいる少年の名前を叫んだ。唐突に大きな声を出されて赤慧はびくりと大きく震えた。ああ、こんな風に驚かせるつもりなんてなかったのに、なんて心中で後悔しつつも赤慧へと腕を伸ばした。

「っ!」
「頼むから、そんな事言うなよ。なあ、赤慧」

心臓がどうしようもなく苦しくて、瞼を閉じたままそう呟くと、腕の中に引き寄せた赤慧の身体が再び大きく震えた。何を言葉にして良いのかが解らなくて、銀時はただ赤慧を抱き締める腕に力を込める。心臓が、痛い。

「…赤慧、俺ァお前にそんな顔させたくねェんだ」
「…ぎん、とき」
「ごめん…悲しい思いさせて、悪ィ」

喉から絞り出すようにして発した自分の声は、酷く震えていたような気がする。腕の中にすっぽりと収まる赤慧の身体は相変わらず華奢だった。少しでも力の加減を忘れたら少年の身体は折れてしまいそうなくらいだ。

「…悔しいんだよ」

ぎゅっと瞼を閉じたまま、銀時はぽつりぽつりと言葉を紡いだ。今まで頭の中で考えていた事を彼は音にする。

「…赤慧が拐われた時だって結局は真選組のおかげみたいなモンだったろ?それが悔しいんだ。また大事な人を自分の手で守れない自分が悔しいんだよ、俺ァよ」

情けない話しだけどな、という言葉は乾いた笑いと一緒に口から溢れた。攘夷戦争の時だってそうだった。数多の天人の死体が広がる戦場で、その数に負けないくらいの仲間だった肉片が散らばっていた。あの時に抱いた感情に酷く似ている。違うのは、失う前に取り戻す事が出来たという事である。

「…ぎんときの、」
「赤慧?」
「ばかぁぁぁ!」

赤慧の顔を覗き込んだ銀時の左頬に少年の右ストレートが決まった。神楽に殴られたよりは痛くないが、それでも銀時を驚かせるには十分だった。

「えーっと…赤慧くん?」
「なんで、そんなふうにいうの?……ぼくは、ぎんときに、いっぱいたすけられたのに…!」

我慢していたらしい涙が赤慧の双眼からぼろりと溢れた。少年は尚も言葉を必死に紡ぐ。

「みすてないでくれて、うれしかった…おいかけてくれて、うれしかった…ぎんときが、うけとめてくれて、ぼくは、うれしかったのに…!」

先日の誘拐未遂事件の事を赤慧は叫ぶようにして言葉を銀時にぶつける。赤慧が怒っているのだと銀時は混乱する頭でなんとか理解した。

「なのに…っなんで、そういうこと、いうの…!」
「っ赤慧!!」

本格的に泣いてしまった赤慧を銀時は再び抱き寄せた。そしてそのままきつく抱き締める。自分の胸に顔を埋めて涙する赤慧が、ただただ愛しかった。

「赤慧、ごめん…」
「っ…ぎんとき、の…ばか…ぅ…」
「うん…俺ァ馬鹿だ」

嗚咽を漏らす赤慧の頭を撫でながら、銀時は何度も謝罪の言葉を紡ぐ。赤慧の細く朱色の頭髪が指の間を滑る。自分のとは違う真っ直ぐなそれが酷く美しかった。

「…赤慧、」

半ば無意識的に、銀時は赤慧の額にそっと口付けた。腕の中にいるこの少年がとても愛しいのだ。その感情が家族に対するものなのか、一人の人間に対するものなのかは解らなかった。そうは言っても赤慧は人間ではないのだけれど。それでも腕の中の少年が愛しい事に変わりはなかった。




決して邪魔にならないように
(泣かせてばかり、)






- 14 -
PREVBACKNEXT
[]
top決して邪魔にならないように