ぼく、金魚 | ナノ







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「ぎ、とき?」

突然背中から聞こえた少し高い声に慌てて振り返ると、赤慧が不思議そうに銀時を見つめながら立っていた。今の話を聞かれていたのだろうか、と銀時は冷や汗をかいたが、よく考えてみれば赤慧に今の話を聞かれたとしても何の不都合もないのだ。

「(…ったく、俺は何罪悪感を感じてんだっつーの)」

まるで赤慧の正体を知る事が悪いとでも無意識的に感じていたのだろうか、と銀時は頭の片隅で考える。未だに不思議そうに自分を眺める赤慧の頭に左手を乗せると、平生にそうする様に赤慧の髪の毛をくしゃくしゃに掻き回す。

「わぁ…!ぎ、とき」
「赤慧。銀さん総一郎くんと大切な話があるから」
「はなし…?」
「あァ。だから赤慧は新八と神楽と先に万事屋に帰ってろ。な?」

解ったか?、と念を押す様に問い掛ければ赤慧は小さく頷いた。それを見て、銀時は近くにいた新八に赤慧の事を頼むと彼らに背を向けて沖田と共に歩き出す。

「旦那。俺、チョコレートパフェでいいですぜィ」

沖田の調べた赤慧についての事柄が何なのか全く予想はつかなかったが、取り敢えず自分の財布が今よりも余計に痩せる事だけは頭で理解した。





「…で?話の内容は?」
「あァ、あとコーラもお願いしまさァ」
「ふざけんなテメー!お前の所為で銀さんの財布はもうすっからかんなんだよ!」
「やだなァ旦那。仕方ないですから、今日は俺が旦那に奢られてやりまさァ」
「どこのジャイアンだ、テメーは」

パフェの入っていた容器をスプーンでカツカツと音を鳴らして弄っていた沖田は銀時の目を真っ直ぐ見て小さく呟いた。

「ねぇ、旦那。稀少価値の高い天人ってどのくらいの値段がするか解りますかィ?」
「あ?そんなん知らねーよ。四十万とかじゃねーの?」
「闇市なんかの裏ルートだと数千万円は下らないみたいでさァ」
「す、数千…!」

目の前で淡々と沖田に告げられる値段に銀時はただただ驚くばかりであった。万事屋の家賃さえまともに払えない彼にとって、数千万円という金額は容易に理解出来る額ではなかった。

「ん?何で総一郎くんはそんな事を聞くの?」
「総悟です旦那。はぁ…相変わらず鈍いお方ですねィ」

心底呆れた様な、馬鹿にした様な表情で沖田は目の前の銀時に向かって大袈裟な溜め息を吐き出した。沖田のその表情に腹が立ったのは事実だが、ぐっと銀時は堪える。

「…つい最近の調査書でさァ」

沖田が小さな呟きと共に差し出した書類を銀時は何も言わずに受け取る。書類の初稿には「裏取引において商品として扱われている種族」と丁寧な字で書かれていた。ぱらぱらと紙を捲る銀時の目に写ったのは、赤慧と同じ朱色の髪を持つ少年や少女の写真だった。

「、」

銀時が息を飲む音が沖田にも聞こえた様だった。その写真の添付されている髪に書かれた文章を目で追う。

【参壱項目「金魚族」
出生地や言語は不明。
言語は様々な音や音域の高さを利用して言葉を話す様だが、未だに翻訳されておらず彼等にしか理解不能な様子。
人間と非常に類似した生体をしているが、突然の出来事に対して驚いた時に液体をかけると金魚に変体するという特異な性質を持っている。
近年、突如闇市に出回っている種族の一つであり、鮮やかで独特の朱色の髪色・真っ白な肌・華奢な体つき等が闇商品収集者の間で人気を呼んでいる。
稀に動物と話せる個体も存在しており、その様な個体の値段は倍近く跳ね上がる事もある。】


「……赤慧、」

彼が小さく発した声は酷く枯れていた。手元にある資料が、赤慧を金魚族だと断定していた。どの金魚族の特徴も赤慧には当てはまっていて、その事実を再確認した時、銀時は赤慧の言葉を思い出していた。

ぼくをすてないで―――――

違う。赤慧は捨てられたんじゃない、売られたんだ。ただ地球の言葉を知らないだけで、本当は「売らないで」と自分に伝えたかったのではないだろうか。赤慧が売られてこの地球に来たのだとしたら、あの日、俺が初めて赤慧を掬った時にいた屋台の親父は一体何者なのだろうか。次々と銀時の頭の中では疑問が浮かんでは消えていく。

「…っ、赤慧!!」
「旦那!?」

なんだか、嫌な胸騒ぎがした。




なにもできやしないけど
(ただ君が笑ってくれるなら)
(それだけで幸せだったのに)






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