97.5:やさしい事


突然振り落とされたしえみを抱き起こすが、まだ意識は戻らない。生命に関わるような洗脳を受けていないことを、ただ祈るほかなかった。勝呂や志摩、子猫丸の様子を確認するが、まだ歩けそうだ。それほど大怪我を負っていない。

飛び込んできたのは、アマイモンの名を叫んでいたのは、まひるなのか?あんな、あんな激昂した表情を見たことがない。冷静さを欠いたその様に俺たちは暫時呆然としていた。

だが、あいつを相手にたったひとりで立ち向かっていったことに、ようやく無謀だと理解した。

いま動けて、戦えて、あいつに敵う可能性のある俺が追いかけなくては、と刀を握り締めたとき、

「アー、お待たせしました。奥村燐、用意はできていますか?」

アマイモンが不敵にこちらを見据えつつ、茂みを掻き分けて現れた。その左手に、何かが握られている。ずるりと引きずってきたものは、……ひとの身体だった。

「ッ、ま、まさか、まひるちゃん……?」

全身が赤黒い血で覆われており生々しく新鮮に滴るその朱に、ぞっとするような嫌な予感が頭を過ぎった。乱雑に放り出された身体は未だ動くことはない。気を失っているだけなのか、それとも―――……。

「てめェ!まひるに何をした!」
「攻撃されたから反撃しただけです。さて、彼女は、まだ生きているんですかね?」

アマイモンは膝を折り、まひるの身体に手を伸ばす。そのまま的確に首を掴んで、力を込めた。彼女は身じろぐ様も見せない。

「このまま殺してしまおうかな」
「やめろ!」

俺は、鞘に手を掛ける。もう一刻の猶予もなかった。俺を助けに来てくれた仲間が、傷ついている。しえみも、志摩も、子猫丸も、勝呂も、まひるも―――……みんな俺を助けに安全な魔法円から飛び出してきてくれたんだ。
なのに、どうして俺がみんなを護れない?俺にはこの力がある。この力が誰かを救えるかなんかわからない。でも、あいつを倒すことだけは、できる。



「やめろ…」

―――サタン倒すんやったら、きっと一人じゃ倒されへんよ。

みんな、

―――燐、みんないるよ!

なんだかんだで、

―――味方を忘れるな!

やさしい奴ばっかりだ。


「俺は…、」


「兄さん!!これは罠だ!誘いに乗るな!」

雪男の言うとおり、罠かもしれねえ、でも、



「雪男…、わりぃ…俺、嘘ついたり誤魔化したりすんの…向いてねーみてーだ。だから俺は、」



俺もやさしい事のために、炎を使いたい。



鞘は、するりと抜けた。刀身を表した倶利伽羅は青く光り、俺の身体を熱い炎で満たしていく。



「来い!!相手は俺だ!」



みんなの顔が、よく見えた。





modoru