※現パロ



二礼して、がらんがらん鳴らして、手を二回叩いて、目を閉じて、

「今年も健康で過ごせますように!あと神田先輩とラブラブ出来ますように!」
「口に出したら意味ないだろ」
「神田先輩にこの想いよ届け!」
「うぜェ」

もう一回叩いて、一礼!よし完璧だ!

「神田先輩神田先輩、神田先輩はなにをお願いしたんですか?」
「早く歩け」
「そうですかー、早く歩くことをですかー。でも神田先輩はすでに足が速いので、それ以上早足になると最早ボルト級ですよ?」
「置いてくぞ」
「ジョークですよ神田先輩!」

わたしを放置して甘酒コーナーへと向かい出した神田先輩のもとへと走った。

さっきから神田先輩のツッコミがないので、初見のひとはわたしがかわいそうなヤツと思うかもしれません。しかし、違うのです!

「これが日常です!オールウェイズです!三丁目の夕日なのです!」
「甘酒ひとつ」
「はいよー!あら、おにいさん、お隣の子は彼女かい?」
「知らねェ女だ」

わたしのダンボ耳が神田先輩の台詞を聴き取り、あわてて神田先輩の腕を掴んだ。そのままピースサインを甘酒のおばちゃんに見せつける。

「いやんつれませんねユウたん!そうなんですわたしたちバカップルなんです!」
「あはははっ、自分で言っちゃったわ」
「自己申告が大事なんですよ!」
「ファーストネームで呼ぶと刻むぞ」
「すみません神田先輩!抜刀しないでください!」
「おもしろいカップルねぇ!はい、甘酒」

おばちゃんは神田先輩に甘酒が入った紙コップを手渡した。それを見てわたしの喉がコクリと鳴る。

「おばさま、わたしも下さい!」
「てめェは飲むな」
「えっ」
「行くぞ」
「ちょ、あ、待ってください!神田先輩!」

何故だかよく分からないけれど、神田先輩はわたしに甘酒を頼ませてくれなかった。

無視してお願いしようと思ったのもつかのま、神田先輩が先にスタスタと歩き始めたのでしょうがなく甘酒は諦めた。あーあ、飲みたかったな。

「神田先輩、どうして飲んじゃだめなんですか」
「てめェが酔うとめんどくせェ」
「甘酒で酔いませんよう」
「去年の二の舞にはならねェぞ」

去年?あいにくわたしは去年の初詣の記憶はない。神田先輩と来たことはなんとなく覚えているけれど、詳細は何も思い出せない。何かしたのかな。


出店のせいで人混みが出来ているにもかかわらず、神田先輩はさかなのようにスルリスルリと人を避けて歩いた。よくあんなに器用に歩けるものだ。

しかし、わたしは神田先輩ほど器用ではない。次々と人にぶち当たって、最早ライフポイントはゼロの状態になっていた。灰色になって散ってしまいそうだ。

脳内で安西先生が「諦めたらそこで試合終了だよ」って言っているのに「これは試合じゃねェ…、現実(と書いてリアルと読む)だ!」と返しながら、諦めて立ち止まろうとしたときだった。

「遅い」
「か、神田、せんぱい」

目の前に神田先輩が佇んでいた。イライラしたように眉を顰めて、わたしを見下ろしている。

「す、すみません、人混み苦手で」
「……、持ってろ」

めんどくさそうに神田先輩はわたしに何かを押し付けた。それを確認してみると、

……?

「これはなんでしょうか」
「コートの紐だ」

あぜんとした。ポカンと口を開けて、神田先輩を見上げる。
神田先輩はそんなわたしを見て首を傾げた。「なんだ」と、ほんとうに意味が解っていないように訊かれた。

「神田先輩、少女漫画とか読んだことありますか」
「あるわけねェだろ」
「男性用雑誌とか読んだことありますか」
「興味がない」

ですよねー。泣きそうになるのを必死に我慢して、神田先輩にコートの紐を押し返した。

「ふつうここは『ったく、しょうがねェな。おら、手ェ貸せ』と言ってわたしとおててを繋ぐところでしょう!いくら神田先輩でも恋愛マニュアルくらい読んでるでしょう!」
「俺の真似が似てねェ」
「そこじゃないですよ!もうなんなんですか神田先輩!わたしという彼女がいながらそんな俺様何様神田様みたいな様子で!わたしがいつまでも子どもっぽくしていると思わないでください!わたしだって大人な女性なんですからね!」
「大人な女性は言いすぎだろ」
「そこじゃないですってば!」

神田先輩は一向に聞く耳を持たなかった。安定の様子だ。新年はもう少し珍しいものを見せてくれてもいいと思います。

そうだ、

「こうなったらアレンに浮気してやりますよ!」

名案が思い浮かんだ。神田先輩と犬猿の中であるアレンを話に持ち出した。ごめんねアレン。

「いいんですか!わたしが黒髪ロングから白髪ショートに移行しますよ!ツンデレな神田先輩から腹黒紳士なアレンに移行しますよ!」
「小雪は白髪ショートで腹黒紳士がタイプなのか」
「そんなわけありません!」
「タイプでもないやつに移行するのか」
「神田先輩へのあてつけですよ!」
「じゃあ、俺はガキの小雪から大人のリナに移行するぜ」
「絶対イヤです!」

一瞬で想像して、心の中に黒いもやもやが出て来た。途端に涙が出て来て神田先輩の細い腰に抱き付いた。

「神田先輩がリナリー先輩に浮気してすけべしたらいやです」
「気持ち悪ィし邪魔だ」
「すみません」

あっさり離れた。泣き虫なわたしはまだ残っている涙を拭う。おもいのほか止まらなかった。

神田先輩のためいきが聞こえた。

「そんなに手をつなぎたいのか」
「主旨が違いますよ神田先輩。そうじゃないです」

まだ解っていませんよねとがっかりしていると、ぎゅっと、あったかいものに左手が包まれた。涙を拭う手を止めて見てみると、神田先輩が呆れた顔でわたしの手を握っていた。

「か、神田先輩!」
「これでいいな。行くぞ」
「はいっ!もちろんです!」

そのままわたしの手を引いて、神田先輩は歩き出した。相変わらず足はボルト級の一歩手前だけど、それでもわたしは嬉しかった。

こけそうになりながら、神田先輩の後を追う。もう一回左手を見た。うん、やっぱり、左手のあったかさはほんものだ。

「うへへへ、」
「……手が汗ばんできたから放していいか」
「えっ神田先輩きたないです」
「てめェの手だ」





あったかいね


mokuji