「明けましておめでとう御座います」
「明けましておめでとう御座います」

復唱したわけではない。言葉が被っただけだ。
真面目な顔をしたまま顔を上げると、ぱちりと目が合った。小雪はふっと笑みを漏らす。

「堅苦しいものです」
「仕来りは守るものだ」
「分かっています。了解の上です」
「四月一日のところにおせちを食べに行くんだろう」
「はい。先生も行きますよね」
「ああ、その前に」

きょとん、と小雪は先生もとい百目鬼静を見つめる。百目鬼は袴の懐から、へびがデフォルトされて描かれた封筒を取り出した。封筒の中央には、ゴシック体で「おとしだま」と。

それを小雪に差し出せば、首を傾げながら受け取った。中央の文字を見て「えっ」と声を上げる。

「先生、これはいったい」
「見ての通りだ」
「くださるんですか」
「いらないなら返せばいい」
「いえ、うれしいですが、いただいていいものかと」
「金額は少ないがな」
「そういう問題じゃありません」

ありがとうございます。心底嬉しそうに言い、しばらくじっと見てから大事そうに懐へと納めた。
それを見届けて、百目鬼は立ち上がった。

「それじゃあ行くか」
「はい、先生」

その言葉を終いに、ふたりは百目鬼の友人である四月一日のもとへと向かうことにした。
正座を止めて立ち上がった途端にピリリと足の裏が痺れる。小雪はまだ慣れないものだとふくらはぎを二、三度撫でた。

縁側から石段へ下りる際に、百目鬼は手を差し出した。小雪は少し照れたように指先を擦り合わせて、その手に自分の手を重ねる。
見慣れたスーツではない百目鬼は非常に新鮮で、小雪にはいつにも増して恰好良く見えていた。

数歩先を行く百目鬼の背中へ、「先生、」と声をかけた。ゆっくり振り返る百目鬼の表情に、妙な安堵を感じる。それでも四月一日いわくの「鉄面皮」だけは変わりないものだから。

「今年もどうぞよろしくお願いします」
「……、ああ」

ふっと、百目鬼がやわらかく微笑った。稀に見る百目鬼の笑みに、小雪の頬はますます赤くなる。



「新年早々、よいものが見れました」

呟いた科白に首を傾げる先生と、そんな様子の先生に満足げに頬を緩める女学生の、平凡な元日のおはなし。





新しいことを始めよう


mokuji