無色に帰せよ 05
そんなの、信じられない。
「すべて日本語に聞こえるなんて、おかしいですー」
五つくらい言語を変えて喋ったころに、カエル男は顔を顰めてそう呟いた。それは、わたしだって思っている。
「人造人間ー、」
「……」
「なわけないですよねー。…冗談なんだから少しは笑えよノリ悪いな」
「えっ、あ、す、すみませ、」
「あ、着きましたねー」
謝る暇も与えず、カエル男はどさりとわたしを落とした。そこは本物の監獄のような場所で、天井から床まですべて灰色だった。灯りだって裸電球で、薄暗い雰囲気はわたしをより一層不安にさせた。
「特に拘束はしませんが、逃げようとするだけ無駄だと思ってくださーい。いくら炎を無効化することが出来ようと、殺す方法は炎だけじゃありませんからー」
そう言って懐から取り出したのは、鈍く光る小型のナイフ。わたしを尚更怯えさせようとするかのように、ナイフの切っ先をわたしへと向けた。
「あ、そうだ。自殺だけはしないでくださいねー。それっぽいものはここにはなかったはずですがー。一応貴重な素材ですので」
「……、」
「リングも何もなしに炎を無効化できるなんて、見たことがありませんからー。それに、ここへの侵入方法も調べなきゃいけませんしー」
ずっと何も言わないでいると、「だんまりですかー」と呆れた口調で言われた。そんなことを言われても、喋ることばが見つからないのだ。どうしようもない。
それに、死ぬ気だってない。いまのところは。もし、ほんとうに死ぬほど辛い目にあったら、そのときはどうなるか分からないけれども。いまは、死ぬことに対して単なる恐怖心しか抱いていない。
そんな心配はいらないと軽く首肯すると、カエル男は溜息を落とした。
「まあ、いいですけどー。それじゃ、せいぜいがんばってくださーい」
ひらひらと手を振って、カエル男は部屋の扉を閉めていった。がしゃんと、重そうな音が部屋中に響き渡る。
ようやくひとりになることができて、ホッと息を吐いた。ああもう、なんで、こんなことになっているんだろう。
ほんとうにさっきまで学校にいて、ちょうど家路についていたところなのだ。今日も課題が多いなーとか、ゆうちゃんの彼氏は変なひとだったなーとか、どうでもいいことを考えながらトボトボ歩いていたのだ。
みずたまりの水面に夕日が反射して一度だけまばたきをしたとき、一瞬で世界が変わった。わたしは森に囲まれた草原の真ん中に、身ひとつでいたのだ。
混乱するなか一歩踏み出せば、周囲からミサイルのようなものが跳んできて、それは赤やら橙やらの色の炎を噴出していた。しかし、わたしの1メートル圏内に入った途端に炎が消え去ってしまった。動源力を失ったミサイルは手前で落下し、爆破も免れた。それからもう一歩踏み出せばたちまち類似したトラップが発生し、そこから一歩も動けなくなってしまった。二回目のトラップの際に挫いた足はまだ痛む。
意味が分からず呆然としていると、先ほどの異様な集団が現れたわけである。オカマ疑惑男いわく、彼らは「暗殺集団」らしい。「マフィア」やら「ヴァリアー」やら、訊き馴れない単語が数々出て来た。いつから世界はそんなに物騒になったのだろう。
世界もだが、わたしだっておかしい。いつのまに数多の言語を解するようになっているし、その、炎?とやらも無効化できる能力を持っている。
炎ってなんだ。でも、どうやらこの世界の攻撃する武器らしい。指輪みたいなのから噴出していた。なんでわたしはそれが無効化出来るんだ。知らない。
裏社会やら異世界やら現実味のない単語が次々に思い浮かぶ。でも、現状を根拠付けるには十分な単語だった。
「ああもう、何も考えたくない…。知らないよそんなの…」
いまのことを考えるのもこれからのことを考えるのも、ぜんぶ疲れた。もう、寝てしまおう。
そう思って部屋を見渡してみると、映画で見たことのある刑務所の一室と同じ作りをしていた。簡易的なトイレがあり、その反対側にボロボロなベッドがある。薄っぺらな毛布が一枚と、硬そうな枕もあった。今日から、こんなところで過ごさなきゃいけないのか。
「ほんとに、囚人みたいだ」
なんでこんなことになったのかも分からないが、とりあえずは休息を取りたい。軋むベッドの上に寝転び、そのまま瞼を閉じた。