赤ずきん 01
《とある地域で悪魔が暴れているそうです。至急日本支部支部長室までお越しください》
そんな留守番電話を聞いたのが、つい五分ほど前の話である。雪男は忙しなく動いていた。同室の兄は間抜けな顔をしていびきでも掻いている。その様子に苛立ちを覚えたが、慌てて雑念を追い払い準備に専念する。
彼は久々の休日を堪能していただけなのだ。未だ齢十六にも満たない少年ゆえに、書物に目を通していたのだが、つい日頃の疲れが出て(主にこの兄の所為なのだが)居眠りをしてしまった。
―――その所為でこんなことになるとは…!
連絡に気が付かず、携帯を見たときには留守番電話が録音されてから約三十分が過ぎていた。
叱咤を覚悟し、ドアに鍵を差し込んだそのとき、ヴヴと携帯が震えた。急いで通話ボタンを押す。
「はい、奥村です」
《こんにちは奥村先生。いや、“おはようございます”の方が正しいですか?》
男――メフィスト・フェレス卿がくつりと笑うのが電話越しに聞こえた。
―――どうやらバレてしまっているようだ。恥ずかしい限りである。
「すみません、今直ぐそちらに、」
《ああ、そのことなんですが、まずは私の部屋に来てください》
「えっ、あ、あの、」
《今し方、再び連絡が入りまして。それについて打ち合わせがしたいのですよ》
「…何かあったんですか」
《詳しくは私の部屋でお話ししましょう。では、お待ちしております。―――ブツ》
ツーツーと無機質な音が会話の終了を告げる。
何があったのだろうか。若干の不安を覚えながら、雪男は鍵を回した。
♀♂
「失礼します」
「おや、いらっしゃいましたね。どうぞ掛けてください」
自然な手つきで雪男に椅子を勧めるメフィスト。雪男は軽く頭を下げてから椅子に座った。
「ご安心を。悪魔は撤退しつつありますので」
「!」
気掛かりだったことが悟られたのと告げられたその事実に、露骨に驚きを示す。
それを見、メフィストはにんまりと笑った。
「他の祓魔師が向かったんですか」
「いいえ、祓魔師は誰も行っていません」
「では、誰が、」
「“奥村先生”ならばご存知でしょう」
メフィストの妖しげな笑みがより一層深まる。
「“赤ずきん”を」