正十字学園図書館司書より 04

 


顔色の悪い私を気遣った店員が、声を掛けてきた。私は苦笑しながら平気だと告げる。心配しながらも店員はコーヒーのおかわりを尋ねたので、私は頷いた。


泣きたくなる。だけど、泣けない。頭が理解していない。


もしあの結論が正しいのならば、私の家は此処には存在していないだろう。ならば、家を見つけなくては。


更に言えば、両親も友人も居ない。携帯のアドレス帳に保存してある電話番号には片っ端から掛けてみたが、どれも繋がらなかった。これで当てが無いという現実が突きつけられる。


仕事も、無いだろう。そうだ、仕事が必要だ。私は財布の中身を確認する。免許証も保険証も入っていた。これで大丈夫だ。働ける。―――学校名は書けないだろうが。


家を確保するのにも安心を確保するのにも、仕事は重要だ。金が要る。仮定は無視だ。私は此処で、普通の人になる。そして、安心を手に入れる。


思い立ったが吉日。二杯目のコーヒーを飲み干し、店員に礼を述べた。おかわりはタダで結構だと言ってくれた店員に、思わず泣きそうになった。店名を覚え、また来ようと思う。


確か本屋の隣が百均だった。そこで履歴書を買おう。所々偽造して書けば、雇って貰える所が一つでもあるだろう。






履歴書の記入を終え、そのレンガ造りの道をふらふらと歩く。何処か店員募集をしている所は無いかと目をギョロつかせながら。
運が良いことに実家からの仕送りが入っていた為に、財布の中身は重かった。就職が決まれば毎日着て行っても不自然に思われないようなジャージを買おう。


家が無いのは痛い。何処で寝泊りをしよう。漫画喫茶?そんな金の余裕は無い。この生活がいつまで続くのか分かったものじゃない。



あ、そうだ。あの喫茶店はどうだろうか。客の出入りは少なそうだが、店員がとても優しかった。もしかしたら、雇ってくれるかもしれない。図々しいだろうが、こちらは生死が関わっているのだ。後からお礼でも何でもする。絶対。


そう考え、引き返そうと踵を返したとき、




ドンッ。




「あ、すみません」
「ちっ、―――って、うわ、おねえさん可愛いねー」
「何やってんだよ。さっさと行くぞ」
「ちょっと待てって。このおねえさんも連れて行こうぜー」
「は?……あー、いいかもな」
「だろー」


勝手に話が進んでいる。きちんと顔を見直してみれば、何とも柄の悪そうな男二名だった。茶髪でピアスで眉毛がキリリとしている。ポケットに手を突っ込んで、いかにもという感じだった。




やらかしたな。




「おねえさん、一人ぃ?」
「放してください」
「そんな釣れないこと言わないでさー、俺らと遊びに行こうぜ」
「お断りします」
「ほら、こっち行こうぜぇ」
「ちょっ、と、何するんですか、」


まさかの路地裏に連れ込まれるという展開。どういうことだ、まるで漫画―――うわ、自分で思って辛くなってきた。


「何考えてんのー」
「こっち近道じゃねえか。よし、行くぞ」
「止めてください」
「声ちっせー」
「っ、離して、ください!」
「大丈夫だってー。何もしねえよー」




何もしないわけないだろう。




やばい。これは本当に危険だ。


非力な私では、踏ん張ってもずるずると引き摺られるばかりである。一人の男が私の手首を掴み、もう一人が二の腕を掴んで引っ張っている。痛い。男の人というのは、やはり力が強い者らしい。そんなこと呑気に考えている場合ではなかった。


これでは住居は見つかりそうだが失うものが多すぎる。そんなのは嫌だ。


「いっ、ッ」
「おいそんなに強く掴むなよ。傷付いたらどうすんだよ」
「これからもっと付くだろ」
「それもそうだな」


何て恐ろしい会話だ。


叫ぼうかと息を吸い込んだとき、目の前が白でいっぱいになった。
え、なに。ゆっくり視線を上げる。


「おや、なにをしているんですか。こんな路地裏で」


聞き覚えの無い男の声と、見覚えのある男の姿。


私は、今度は頭が真っ白になりそうだと一人思った。







現実的思考回路


mokuji