Trigger 03




どうして小鳥がいきなり死んだのか、分からなかった。「死ぬ」というのは、突然起こるものなのだろうか。元々親だったあのふたりは、わたしの頭のすみっこのひとが殺して死なせていたけれど。不思議だなあ、「死ぬ」って。


ぐちゃ。嫌な音が右腕からした。びっくりしてそちらを見ると、私の右腕から真っ赤な液体が出ていた。所謂、血液というものだった。見えないだれかさんがわたしの腕を力いっぱい握り締めているかのように、ぎゅうと締め付けられる感触と爪のようなものが深く突き刺さっていく感触。
透明人間だろうか。透明人間は、こうしないとコミュニケーションが取れないのだと悟った。わたしは黙ってその様を見ていた。痛いけど、我慢する。


〈ぴぎぎ、ぎィ、ギギ〉


とうとう爪と爪がわたしの腕の中でくっついたときだった。近くでそんな声がした。これが透明人間の声なのかと思っていると、視界のすみっこで何かが蠢いた。ぐるりと眼球を回すと、先程の小鳥が大きくなって醜くなったような鳥が映る。その大きな足で、わたしの右腕を握り締めていたようだ。つまり、透明人間ではない。
それでも、何故今までわたしは見えていなかったのに急に見えるようになったのかなあ。不思議なことをふたつも発見した。今日はきっといい日だ。


その鳥は爪をわたしの腕から引っこ抜いた。血液の付いたその爪を長い舌で舐め取る。血液はあんまり美味しくないと思うのに。そうした後に、私を睨みつけた。


「あいつは、きみを殺しにくるよ」


久しぶりに頭のすみっこのひとが口を開いた。親だったふたりを殺してから一度も喋っていなかった。急に何を言っているのだろうか。


「あいつはきみを殺すよ、いいの?」

鳥は、翼を広げる。地面を蹴り、空へと羽ばたいた。


〈ピぎィィイいいィ、ギャア、ギぎ〉


誰かを呼ぶかのように嘴を空へ向け、絶叫した。たちまち、その鳥と同じ鳥が集結する。長い舌をだらしなく垂らし、口から涎を零す。


「死ぬよ」


その言葉と同時にわたしは駆け出した。死ぬのは嫌だ。小学校に行けなくなる。友だちは大切にしましょうって先生が言っていたんだ。


でも、やっぱりそんなことはどうでもいい。


「殺せなくなるのは、いやだ」


頭のすみっこのひとが嬉しそうに笑い声を上げた。どうやら、わたしは頭のすみっこのひとに似てきたみたいだ。この湧きあがる衝動を抑えきれず、わたしは満面の笑みを浮かべて自分の指を獣のように折り曲げた。


もう親だったふたりもいない。迷惑をかけるひとなんてひとりもいない。だから思う存分、


「「殺してしまおう」」


クはッ。頭のすみっこのひとが、気味悪く嗤った。



***




すっかり疲れてしまったわたしは、真っ赤に染まった地面に横たわった。血液のにおいと感触がとても不快だけれど、疲れた身体には抗えなかった。さっき起きたばかりなのに、疲労で欠伸がこぼれる。


手を見ると、さっきの鳥の血液が固まってかさかさしてきていた。爪の中に入り込んだ血液までも固まって、気持ちが悪い。早くシャワーを浴びたい。そのためにも、家に帰らなくては。
でも、疲れたから少しだけ休んで行こう。もうひとつ欠伸を漏らし、わたしは目を閉じた。


最後に視界に映ったのは、ばらばらになった鳥の死骸だった。



mokuji