Trigger 01




随分と前から、何となく気付いていた気がする。自分が普通のひとよりも、異常だということを。
ひとの体内に流れている赤く鉄臭いそれ――所謂血液というものを見ると、何故だか胸騒ぎがした。今思えばあれは胸騒ぎではなく、単なる興奮だった。わくわくしたのだ。
そしてそういうときは決まって頭のすみっこで知らないひとが囁いた。
「もっとあれを流させようよ!全身を真っ赤にしようよ!きみは紅がよく似合うんだ!」
そのひとはいつも頭のすみっこに居た。蹲って、でもたまに現れてはわたしをすみっこへ追いやろうとする。そのひとは、わたしの身体を狙っていた。わたしの身体を手に入れれば、好きなことが出来るからだ。そのひとの好きなことは、生きているものをずたずたに引き裂いて千切ってぐちゃぐちゃにして、動かなく冷たくすることなのである。
でも、そんなことをすると、かっこいい帽子を被った大人のひとに知らないところへ連れて行かれてしまう。それに、わたしを拾ってくれたふたりに迷惑をかけてしまう。それは嫌なので、わたしは必死にそのひとを押さえ込んでいた。


しかし、わたしの努力も虚しく、そのひとはわたしを押し退けた。誕生日の日のことだった。つい気が緩んでしまい、おかあさんが割れたグラスで指を切ってしまったのを直視してしまった。


「あははははは!きれいだ!」


そのひとは頭の中心で叫んだ。刹那、わたしは頭のすみっこに居た。


そのひとは大きな声で嗤いながら、おとうさんとおかあさんの身体をばらばらにした。その様子を見ても、何故かわたしはちっとも苦しくならなかった。気持ち悪くもならなかった。小学校の友達がかぶとむしが潰されているのを見て「こわいよ。きもちわるいよ」と泣いていたことを思い出した。
気が付くと、真っ赤な部屋でひとりぼっちだった。


身体に纏わりつく気持ちの悪い感触を早く取り除きたくなった。おとうさんとおかあさんは相変わらず動かない。そのうち起きるだろうと思い、わたしはシャワーを浴びた。
確か、少しくらい千切れてもまた生えてくる筈だった。だいじょうぶ。
リビングに戻ると、まだおとうさんとおかあさんは寝ていた。どうしよう。あんまりばらばらだと、もう生えてこないのだろうか。そうすると、おとうさんとおかあさんはあのまま動かないままになるということか。
それはちょっと困ったことだった。わたしは何ひとつ家事が出来ないのだ。これからの暮らしはどうしよう。


今後について悩んでいると、かっこいい帽子を被ったおにいさんが家に入って来た。所謂、不法侵入というやつだ。撃退しようと思っていたら、おにいさんは絶叫した。視線の先にはばらばらになったおとうさんとおかあさん。どうやら、彼は動かなくなったことに驚いているらしい。まだ怪我をしたことがないのだろうか。
そう思っていると、おにいさんはわたしの肩を強い力で握ってきた。ちょっとだけ痛い。


「泉ちゃん!何があったんだい!?」


おにいさんはわたしの名前を知っていた。そういえば、交差点で少し話したことがあったかもしれない。それにしても、おにいさんはどうしてそんなに必死な顔をしているのだろうか。
わたしはよく分からなかったので、「わかりません」と首を振っておいた。おにいさんは泣きそうな顔でわたしを抱き締めた。暖かかった。


「ねえ、おにいさん。おとうさんとおかあさんが動かないんです。あんな風になると、もう動けなくなるんですか?」


おにいさんはわたしの質問を聞くと、ますます嗚咽を漏らした。おにいさん、何処か痛いのだろうか。取り敢えず、頭を撫でる。小さい子は頭を撫でると泣き止むことを知っていたからだ。おにいさんは、小さくないけれど。


「泉ちゃんっ、お父さんとお母さんはもう動かないんだよ…!」
「どうしてですか?」
「お父さんとお母さん、は、死んじゃったんだ」


おにいさんは暗い顔でわたしの目を見つめてそう言った。
「死ぬ」という単語は聞いたことがあった。聞いたときはよく分からなかったけれど、どうやら「死ぬ」というのは動かなくなることらしい。わたしは理解したという意味を込めて頷いた。
おにいさんはかっこいい機械を耳に当てて誰かと喋っていた。おにいさん、おばけが見えるのかなあ。いいなあ。


そうしていると、数分後におにいさんと同じ格好をした人がいっぱい来て、わたしを家から引っ張り出した。


mokuji