ソクラテスは毒芹を飲んで死んだ 01
首を絞められる夢を見た。それはあまりにもリアルで、現実かと思うほどに鮮明だった。
私の首を絞めているのは、見たことのない男だった。無表情に私の首を両手で包みこみ、ぐっと力を込める。私はそれに抵抗するのではなく、ただ苦しげな声を絞り出してその痛みと苦しみに耐える。
死ぬのは嫌なはずなのに、どうしてか抵抗する気力が起きなかった。それどころか、
「(このまま、死んでもいいのかもしれない)」
そう思うようになっていた。夢だからだとか、そういう理由ではない。ただ単純に、この見知らぬ男に殺されてもいいと思ったのだ。
男はより一層力を込めてきた。爪が皮膚を裂き、少しだけ生温かいそれが滴る。
「く、ぁッ…、あ…」
「抵抗、しないんですか」
今まで寡黙に首を絞め続けていた男が、呟くようにそう言った。私はじっと男の眼を見据えた。男は少しだけ、力を緩めた。
「……あなたみたいな、知らないひとに殺されるのも、いいかなあと思ったんだ」
ようやく出て来た声は、掠れて自分の声ではないような気がした。男はゆっくり目を見開いた。そうして、再び力を込めてきた。
「は、ぐッ、あ、ァ」
ぴくりぴくりと指先が痙攣してきた。もう、死が近いのかもしれない。私はそれを受け入れるべく、それに身を委ねるべく足先の力を抜いた。
ほら、意識がぼんやりしてきた。男の顔が歪んで、霧に包まれたように見える。
「ほんとうに、死んでしまいますよ」
「……い、よ……」
言葉と同時に出て来たのは、ゆるやかな笑みだった。笑うつもりはなかったのに。
男は再度目を丸くした。刹那、ぼきんと嫌な音が脳髄に響き渡った。ああ、どうやら。
「……あーあ、やってしまった」
首の骨を折られたようだ。認識すると同時に、身体が泥の中に沈んでゆくような心地がしてきた。
「すみません、力の加減を誤りました。アナタのようなニンゲンとは、もうすこし話がしたかったのに…」
ひとりごとを呟く男の表情は、たしかにどこか後悔したように眉を下げていた。そんな風に思われるとは、光栄だ。
―――夢の外で逢えたらいいね。
出るはずのない声を喉の底で出した。男に届くことはない。
男がこちらを向いて、手を伸ばしたそのときだった。プツンとテレビが消えるような音がして、私の視界がフェードアウトした。もう、音も何もない。
さあ、朝が来る。