I am cold. 01



「ひっ、くしゅ」


少女の肩が跳ね、口元を覆うマスクが僅かに浮く。そうして辛そうに唸り、ポケットよりティッシュを取り出して洟をかんだ。制服のスカートに付けたビニール袋に丸めたティッシュを入れる。再びマスクを定位置に戻し、息を吐いて歩き出した。


季節は春。この学園は新入生を迎え入れただけでは飽き足らず、更には喧騒までもまたひとつ、受け入れてゆく。



***




入学式とか、大体「式」と語尾に付くものにロクなものはない。少なくとも学生にとってはの話だが。そういうものはとても堅苦しく恐らく大人も「やってられっかよ」とか思っているのだろうけれど、やらなかったらやらなかったらで「この学校は式典を真面目にやらない××学校だわ!」なんてモンスターペアレンツに騒がれる破目になるのだ。そんな文句を付けるモンペの皆様だって、式典の最中は「やってられないザマス」という顔で仕切りに我が子を探している。全く矛盾している感情だ。私はそんなひとにはなるまいと若いうちは思っている。


話が逸れたが、つまるところ私は現在その式典なるものに参加している。此処、「正十字学園」という超金持ち学校の入学式だ(超は言いすぎかもしれないが、少なくとも私にとっては“超”なのだ)。現在はどうやら新入生代表の言葉が発表されている。
そのときに私があまりにも咳き込むものだから、隣の女の子にひどく疎ましそうな顔をされた。本当にごめんなさい。誠心誠意謝っています。心の中ですが。


ズビ、と洟をすすり、咳を我慢するためにものど飴を口に放り込んだ。新入生代表のひとは、とてもメガネだった。



***




さて、入学式が終了した。クラス発表は明日らしく、私達は此処で解散ということだ。精一杯伸びをする。とりあえず会場から離れようとしたところで、誰かに腕を掴まれた。びっくりした。


「アンタ、」
「うおっ、うえっ、あ、な、なんすか…」


誰かと思えば、あの私の隣の席に座っていた子だった。眉毛がとても特徴的だったので覚えている。
あ、もしかして「式典中に咳うっせえよ」ってわざわざご丁寧に挨拶(巷ではこれを呼び出しというそうだ)に来てくれたのだろうか。ならば、丁重にお断りをしなければいけない。


「ほんとすみません式中に咳ばっかしてすいませんわたくしのようなゴミ虫が自己主張激しく咳き込んでしまってほんっと自重しますこれから気を付けます」


土下座をする勢いで腰を120度に曲げた。頼むから初日から女の子に嫌われたくない。女の子怖い。


すると、隣席ちゃんもとい眉毛ちゃんは慌てて「違うわよ!そんなこと言いに来たんじゃないわ!」と怒ったように言った。それでも私が頭を下げているものだから、終いには「頭上げなさいよ!」と頭を元に戻してくれた(乱雑だったけれども)。
何が何だかさっぱり解らず首を傾げていると、眉毛ちゃんは何かを私の鼻先にぶつけた。


「こんな季節に風邪引くなんてばっかじゃないの?ちゃんと予防していないからよ!あたしにうつるから、さっさと治しなさいよね!」


ぶつけられたものを確認すると、それははちみつきんかんのど飴で。台詞を頭の中で復唱してみると、なんとも心配してくださっているご様子で。


「心配してくれているんですか…?」
「なッ、ち、違うわよ!勘違いしないで!あたしにうつっちゃうからって言っているでしょ!」
「う、嬉しいです!ありがとうございます!」
「っか、勝手に勘違いしていれば!?」


そんな捨て台詞を残して眉毛ちゃんはプンスカしながら何処かへ行った。ツンデレちゃんか。稀に見るいい子だなあ。
私はひとり感動しながらはちみつきんかんのど飴を口に放り込んだ。


うーん、美味しい。


mokuji