逆さま乙女 五



一度溜息を吐いて、ふたりの顔を再度見る。見たところまだ十五にも満たないだろう。そのわりには腕を掴む力が強い。放したら青痣出来そうだな。それはちょっと困る。


「あの、ほんとうに放してください。私は家を探しに行かないと」
「住いだったら、学園長に話せばここに住めるぞ」
「結構です。自分で探せますので」
「まあそう言わず!」


なんで神埼くんはこんなに私をここに住ませたいのだろうか。腕が痛い。


「左門、学園長の庵はこっちで合っていたか」
「もちろんだ!」
「そっちじゃない!」


ぐいとふたりの襟が誰かに掴まれた。やっと暴走するふたりの歩みが止まる。
ほっとして後ろを振り返ると、彼ら(神崎くんと次屋くん)と同じ制服を着た少年たちがいた。


「それより、おまえら天女さまが困っていらっしゃるだろう!」
「そうだよ、ふたりとも」
「急に走り出すんだから」


どうやらよく出来た子どもたちのようだ。よかった、良識がありそうな子たちだ。このふたりにないとまでは言わないけれど。襟を掴んだ子がそのまま引きずって、やっと私の腕は解放された。少しばかりズキズキする。


「ありがとうございます」
「いえ、このふたりが悪いので」
「ほら、謝れ」
「すみませんでした…」「すんません」
「ほんとにご迷惑をおかけしました。あ、おれはこのふたりの同級生の富松作兵衛といいます」
「はあ、はじめまして、秦江といいます」
「秦江さん、ですか。天女さまではなくて?」
「あー、それ、やめてください。私は天女さまじゃありませんから」
「え?」「そうなんですか?」


全員がキョトンとした顔をした。思わず苦笑をこぼす。こんな小さな子が、天女とかどこで覚えたんだろう。


「でも、空から降ってきました」
「まあ、それは、なんというか手違いといいますか…」
「ごまかしてもむだですからね!」
「俺らちゃんと見ましたんで」
「空から落ちてきただけで、なにも天女さまとは限らないでしょう」


そう言うと、神崎くん、次屋くん、富松くんがぐっと押し黙った。それもそうかと思ったのだろう。言い包められたかと思えば、今度はほかのふたりがじろじろと私を観察し始めた。居心地がさいこうに悪い。


「羽衣も持っていらっしゃらないようですね」
「天女ではないので」
「天界で罪をおつくりになったんですか?」
「かぐや姫でもないので」
「それじゃあ、どうして落ちて来たんですか?」
「……不可抗力、ですかね」
「へ?」


事実なので否定のしようがないことだ。私だって落ちて来る気はなかったのだから。


「少々暇をもらいまして、期日になったらすぐにここを離れる予定です」
「天界へ?」
「はあ、まあ、そうですね」
「やっぱり天女さまですね!」
「え」
「天界に住んでいらっしゃるということは、天女さまですよ!」
「いや、住んでいませんから。…あ、でもこれから住むことにはなるのか」
「ほら!」
「げっ」


目をキラキラさせながらふたりは私に詰め寄る。ほか三人も顔を輝かせていた。やっかいなことになってしまった。少しでもごまかしていればよかった。失敗したな。


「じゃあ分かりました。天女さまでいいです。天女さまは下界に住まなければならないので、住居を探さなくてはいけません。君らに構っている暇はないので、私はここいらで失礼します。ごきげんよう、またはありません」


まくしたてるようにつらつらと言葉を連ね、優雅に踵を返した。塀が続いているから出口を目指そう。出られそうにないなら木にでも伝って乗り越えるか。そんなに若くないからちょっと厳しいけれど。


一歩踏み出そうとして、足が空を切る。舌打ちをしてしまったのは、きっと仕方がないことだ。


「……あのですね、いい加減しつこいのですが」


振り返れば、腕をしっかり掴んだ神崎くんと次屋くんがいる。今度は両腕でがっちり掴んでいる。はあ、まったく。


mokuji