逆さま乙女 四



空を飛びながら冷静になる方法なんて知らない私は、思わずB4の紙から手を離してしまった。あ、まずい。大事な紙が。
天高く飛んでいく―――かのように思われたその紙は、私よりも先に急降下していく。どういうことだ。ふつうに紙の質感と質量だったのに。
それを見送ると同時に周囲の景色が視界の隅に映る。緑とか茶色とか、そのほか諸々。


何処だろうと考えようとした矢先、目の前が真っ白になった。ぼふん、と柔らかな感触。―――もしかして、ふとん?
慌てて上体を起こすと、純白のふとんの中に身体が沈んでいた。ふとんの上に、落ちたのか。安堵の溜息を吐き、そのふとんから起き上がる。しかし、なんでこんなところにふとんが。


パチン。ふとんが弾けて煙となった。風に揺られて地面に落ちたのは、あの白い紙だった。なるほど、あの神様はこのことを見越していたんだ。確かに危機一髪だったので良かった。ありがとう神様。


さて、と。ここは何処だろうか。とりあえず辺りを見渡してみる。首を90度回したところで誰かと目が合った。


「………」


緑色の忍者の服を身に纏った少年たちが、こちらを呆然と見つめていた。私が落ちてくるところを見たのだろう。私達はしばらく見つめ合う。気まずい空気が流れ出してきた。
ここは、逃げるが勝ち。


「どうも驚かしてすみませんでしたでは失礼します」


間髪要れずに素早くそう言って、くるりと踵を返した。全力疾走はさすがに変質者だと思われそうなので、出来るだけ最高速度を出して歩いていく。これで追いつけまい。というか、追いつけるほどの心の余裕がないだろう。


「てっ、てってっ天女さまだぁああーー!」


華麗に去ることができた。さて、現在地を把握するためにも誰かひとに会わなくては。あの子たち以外で。


「ですので、君らに用事はありませんよ」


溜息を吐きつつようやく歩みを止めた。つい数秒前に歩いている私の両腕を掴んできたのだ。しばらく無視していたが、さすがに大人げないと思ったためだ。
両側にいるふたりの少年の顔を交互に見る。


「君らは誰でしょうか」
「神前左門!」
「次屋三之助」
「自己紹介をありがとうございます。私は秦江といいます。それで、どうして君らは私の手を掴んでいるのでしょうか」
「天女さま!まずは学園長先生のところに行きましょう!」


学園長先生って誰だろうか。もしかして、ここは学校なのだろうか。そういえば、『忍たま乱太郎』って忍者の学校のアニメだったような気がする。さっそく学園に乗り込んだのか。
―――まあ、それより。


「すみません、名前を名乗ったつもりだったんですが。秦江といいます」
「さあ行きましょう天女さま!」
「おかしいですね、きちんと名前を名乗ったはずなんですが」


この子たちは完全に私の言葉を無視している。右の子は至近距離でかなりの大声を張り上げていて、左の子はひたすらに腕を引いてくる。頼むから話を聴いてほしい。
あと天女さま呼びもやめてほしい。空から降ってきただけだから、そんな神々しい名前を呼ばないでほしい。死にそうになる。あ、もう死んでいるのか。


それよりも、早くこの子たちの暴走を止めないと。いい加減腕が痛くなってきた。




mokuji