逆さま乙女 三




「イレギュラー…?」
「あなたのように本来その世界にいないひとのことをそう呼びます」
「…、それでそのもうひとりって」
「彼女も不備に巻き込まれた方です。おそらくあなたも遭遇しますので、お伝えしておきます」
「詳細は、教えてくださらないんですね」
「会えばすぐに分かりますから。ああ、あともうひとつ」
「忘れ物が多い方ですね」
「新人ですから」


男は照れくさそうに笑う。神様として敬うべき方だと分かっているけれども、突然態度を変えるのは少し難しいことだ。しばらくはこれでいいだろう。いきなり「天誅!」とか言って殺されることもあるまい。あ、もう死んでいるのか。


「何か願い事はありますか?」
「……生き返らせてくれ、とか?」
「すみません。そういうことは叶えることが出来ないのです」
「冗談です。どうして願い事を訊くんですか」
「前の方、もうひとりのイレギュラーの方、彼女が代わりにいくつか願いを叶えるように仰っていたので、あなたも何かあるのではないかと思ったのですが…、違うのですか?」


……どうやら前のひとは随分女王様気質だったみたいだ。神様に願い叶えろなんて私はとても言えない。言っていることは分かるけれども、私は別にそこまで願い事なんてないからなあ。永住するわけでもないし。


「そうですか…。では、これをどうぞ」


ポン、と渡されたのは真っ白な紙だった。何も書かれていない、B4ほどの紙。


「何かお困りになったときにこれを落としてください。きっと役に立つものが出てくるはずです」
「はあ…、ありがとうございます」
「ただし、三十秒ほどで消えてしまいますのでご了承下さい」
「短いですね」
「三十秒で充分ということです」
「そうですか…」


よく分からないが、とりあえず受け取っておく。ほんとうにコピー用紙みたいなただの紙なのに。一応礼を述べ、ふすまを開けた。開けた先には何も見えない。同じような白い空間が広がっている。ほんとうに行けるか不安だが、きっとだいじょうぶだろう。
最後にもういちど男の方を向いた。


「こちらのわがままを聴いてくださってありがとうございます」
「いいえ、こちらこそご丁寧にありがとうございます」
「…それでは、お気を付けて」


男が軽く私の背中を押す。それは勇気付けてくれているかのようだった。―――が、違った。


「あれ、床がない」


気付くよりも早く風がすり抜けた。最早、スカートなのにだなんて言っていられない。


こうして私は悲鳴を上げながらスカイタイビングをする破目となったのだった。



mokuji