たとえばのはなし 二


「ね、お嬢さん、わっち訊きたいことがあるのだが」


とある茶屋の看板娘に、漆黒の着物を着た女が目を付けた。
看板娘は小さく悲鳴を上げ、恐る恐る女を見上げる。娘よりも幾分背が高い女は目を細めたまま、こちらを見据えている。
娘はそっと視線を下ろした。女の腰で目は留まり、息を呑む。黒い鞘が、鈍く光っていた。


「お嬢さん、耳が悪いのですかィ」
「いっいえっ」
「お、そうかィ。じゃ、教えてくんなっせ。戦場は何処か」

やはり。娘は予感が的中し、益々汗を浮かべる。


この女は紛れもなく噂の渦中の者、闇の色した着物を着た女。武士が嫌いで戦場に赴いてはその刀を振るって武士を斬る女。まさか、此処に来るとは。笠の男といい、変な客が多い一日だ。
泣きそうになるのを必死に抑え込み、震える手で右を指差した。


「此処を、ずっと行ったら、森に入りますからっ、そこを左に」
「左ねェ、あい分かり申した」


女はにたりと笑って礼を言う。それから小銭を五枚、娘の手に握らせた。


「それで、団子を何本か包んでもらってもよろしい」
「は、はい!お待ちください!」
「マ、可愛い娘さんだこと」


世辞など聞いている暇はなかった。いち早くこの女に帰ってもらいたくて、娘は店主に慌てて事情を説明する。店主は娘と同様に顔を青くして、小銭と釣り合わない量の団子を包んで娘に持たせた。
娘が運んできた団子を女は目を丸くして受け取る。


「こりゃァ…、多すぎやしませんかィ」
「いえいえっ、そんなこと!」
「そりゃ、アッシが納得行きませんよ。これだけありゃ、釣り合うでござんしょ」


じゃらり。紐で繋げた貨幣の束を見せびらかす女に、娘は気を失いそうになる。いらないと断固首を振れば、女は少しばかり眉を下げた。


「気付かねェフリも辛いんですよ。ま、私はお呼びじゃありますまい。邪魔しました」


紐を娘に押し付け、女はふらりと茶屋を離れた。
娘は呆然と多量の硬貨を見下ろす。


「………こわ、かった」


そう呟く姿には何処か後悔が淀んでいた。




・・・





カロン、コロン。下駄は歌うが、女の顔は何処か浮かない。
包みから団子を一本取り出すと、ひとつ口へ放り込んだ。口を尖らせたまま、咀嚼する。


「(なんだってェんだ。アッシのことをあんなにビビリやがって。なにがいけねんだ。ただちょっとひと殺しているだけじゃねェか。それに戦人は嫌いだからしょうのことないじゃないのかィ。腹立つことこのうえないわい)」


その心の内は先程のことの愚痴であった。表面上はなにも気にしていないようで、中身は大層腹立たしく思っていたようである。


「(マ、団子が美味ェから許してやりましょ。アタシもそこまで心が狭いわけじゃあないよ。でも、腹の虫はそうはいかないわなァ)」


どうしようか、と思ったそのときだった。
丁度戦場の目の前で、数名の男が話していたのが目に入った。


「や、兄さんら、なにしていらっしゃるんです」


その腰元に下がっているそれは、紛れもなく刀。それを認識した途端、女はにたりと嗤ってその男らに近付いた。


「(丁度良うござんした。腹の虫を抑えていただきましょ)」



mokuji