逆さま乙女 一



「はじめまして」
「…どうも、はじめまして」


紳士的かつにこやかに挨拶をしてきたのは、見知らぬ男だった。整えられた金髪に金色の眼、顔も美形だ。年齢は二十五歳くらいだろう。こんな周りが発光したひと(オーラという意味で、だ)なんて一度見たら忘れられない。
冒頭で初対面の挨拶をしたとおり、私はこの男を知らない。


「ここが何処か、ご存知ないかと思います」


男にそう言われて、初めて辺りを見渡した。そして、驚愕した。
真っ白な部屋。床、天井、壁の判別が一切出来ない。塵一つ落ちていない。電灯もないのに部屋は明るい。柱も戸も窓も、何もない。在るのは私とその男のみ。―――以上が、この部屋の特徴だ。もはや、部屋かどうかも怪しい。“空間”と言ったほうが、しっくりくるような気がする。


「ここは天界のとある一室です」
「……テンカイ?」
「天の世界すなわち天界です。天国とも呼ばれています」


ああ、テンカイって天界なんだ。それにここは部屋だったんだ。なんだ。―――って、私は何を納得しているのか。こんなに単純に男の話を信じていいのか。夢か、幻覚か、白昼夢か。どれだ。
だって、さっきまで暗い夜道で家路を急いでいたはず―――っ、あっ。目を見張って顔を上げた私を見て、男は頷いた。


「思い出しましたか?少々刺激が強く、記憶が飛んでいたようですね」


何を頷いているのか解らないが、私にそれを考える余地はない。そうだ。帰宅途中、急に頭痛がして、ひどい痛みに意識を失って、それで、


「死んだ、んですかね」
「そういうことになります」
「病名、とか、」
「現代医学では解明不可能で、病名もありません」
「は、」
「大変申し上げにくいのですが、」


男は突然目を伏せ、所在がなさそうに目を泳がせた。いまだ死んだことを受け止められず動揺したままの私を、その行動は余計に不安にさせた。


「こちらの不手際で、あなたは天界に招かれたのです……」


思わず、耳を疑った。天界に招かれたというのは、いわゆる天国に行くってことで、すなわち死んだ、って、こ、と?


「それは、つまり、そちらの都合で……、私は死んだということ、ですか」
「……はい」


嘘だろう。いや、しかし男の気まずそうな表情を見るとどうにも信じそうになる。
だけれど、どうやら信じるしかなさそうだ。だって、さっきから、



心臓の動いている音が聴こえない。




mokuji